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2012年5月28日 (月)

沖縄ジョン万次郎会の定期総会に初出席

 沖縄ジョン万次郎会の定期総会が開かれて、初めて出席した。事業報告と計画、決算報告と予算案まで、しっかりと報告、提案された。報告の中に、私たち夫婦が新年会に高知県出身のゲストとして招待されたことも記さ...

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2012年5月27日 (日)

三線を楽しむ会を楽しむ

 毎月恒例になった三線を楽しむ会。宮古民謡の名手、Tさんを中心に今月は6人集った。大工哲弘さんの教室で習う人から宮古民謡、本島の民謡、ギターと両方出来る人まで、同じ三線好きといっても、バラエティーに富...

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2012年5月25日 (金)

近くにあった尚徳王の陵墓跡

 琉球を統一した第一尚氏の墓を訪ねてきた。まだ見ていなかったのが、最後の国王、尚徳の墓である。といっても、お墓はない。陵墓跡がある。それも、わが家に近く、よく通る道だった。  那覇市の寄宮方面から識名...

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2012年5月24日 (木)

「艦砲ぬ喰ぇーぬくさー」歌碑建立へ

 反戦島唄の傑作「艦砲ぬ喰ぇーぬくさー」の歌碑建設事業が進められている。この曲は、読谷村楚辺(ソベ)出身の比嘉恒敏さんが1971年ごろに作詞作曲した。このブログでも、2011年6月、7月に2度にわたり...

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2012年5月22日 (火)

「万国津梁の鐘」銘文の謎

 琉球王府の第一尚氏の6代目国王、尚泰久が造らせたという「万国津梁の鐘」は銘文が有名だ。「琉球国は南海の勝地にして、三韓の秀を鍾め、大明を以て輔車となし、日域を以て唇歯となす」、琉球はその中間にあって...

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2012年5月21日 (月)

沖縄民衆の抵抗の歩み、その7

 大宜味村では、青年を中心に村政革新運動が燃え上がる。村を揺るがす画期的な運動となった。同じ琉球弧の島々では、奄美諸島でも、大きな百姓一揆が何度も起こった。  琉球王国が廃止され、首里王府と薩摩の支配...

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2012年5月20日 (日)

沖縄民衆の抵抗の歩み、その6

 奈良原知事の士族救済の名による開墾政策にたいして、山原住民は果敢に抵抗をした。第1回県費留学として学び、県庁で高等官となった謝花昇も、知事の政策に疑問をもち、立ちはだかる。やがて沖縄自由民権運動のの...

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2012年5月19日 (土)

沖縄民衆の抵抗の歩み、その5

 ここから民衆は圧政にどう抵抗したのか、を見ていく。民話の英雄には民衆の抵抗の精神が反映している。18世紀には、実際に浦添では農民のストライキが発生した。廃藩置県の後には、地方役人を糾弾する闘争が各地...

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2012年5月18日 (金)

沖縄民衆の抵抗の歩み、その4

 琉球王府の時代、百姓一揆の条件がなかったといわれる。その意味するものは何か。それと関連して、琉球では「支配階級が無能」だった。それはなぜだろうか。また、薩摩の属国のようにされ、「ドレイ根性」が生れた...

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2012年5月17日 (木)

沖縄民衆の抵抗の歩み、その3

 琉球の農民への搾取と支配と特徴の一つに、村落共同体をまるどと王府に隷属させ、共同体に貢租や夫役を強いるというやり方がとられたことがる。税金を納めるのは、個人ではなく、共同体で連帯責任として納めさせた...

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