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2010年7月13日 (火)

すべての武器を楽器に

 「すべての武器を楽器に」というのは、沖縄のミュージシャン、喜納昌吉さんのキャッチフレーズだった。喜納さんは、今回の参院選挙で落選したけれどね。はじめて聞くと、この言葉は、夢物語のように聞こえるかもしれない。でもこれは、たんなる夢想ではない。琉球の長い歴史に裏付けをもったものである。

 というのは、いまから500年ほども昔、琉球王国の時代、尚真王のもとで、それまで国内で武装した勢力が割拠していたけれど、国内の「刀狩り」をした。それ以来、王国の中では、対外的な防衛のために多少の武器はあったそうだが、国内は武器を持たない社会になったのだ。大和の武士が腰に刀をさしていたが、琉球のサムレー(士族)は、丸腰だった。そればかりか、王府の役人は、歌三線、舞踊など芸能に励んだそうだ。  というのは、中国の皇帝から国王と認めてもらうため、皇帝の使者である冊封使(さっぽうし)を歓待する必要があった。そのため、芸能は重要な国家的な仕事だったのである。

 大和の武士は、自宅の床の間に、刀を飾ったが、琉球では床の間に三線を飾ったという。そんな長い琉球王朝の歴史があるからである。首里城を見れば、どこにも武器が見当たらない、正殿をみても血なまぐさい戦さの臭いがまったくしないことにも表れている。

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コメント

また一つ知恵がつきました。

当事者の喜納昌吉氏は、それほど深く琉球の歴史をたぐったうえで言っていたんでしょうかね?(・・?毎年首里城祭の琉球王朝絵巻の行列を見ていると、確かに列の先頭に立つサムレーたちは刀差してませんね。三線を床の間に置いてる家庭って、今も結構あるんでしょうかねえ。(゚▽゚*)

 三線は沖縄では宝物だった、家宝だった。だから、沖縄戦の中でも、先祖のトートーメ(位牌)と三線は持って逃げたといわれますね。人間の命は短いけど、三線は長い寿命があるから、名器といわれる三線は、自分の命より大切にしたという話も聞いたことがありますね。
 ただ、いまは三線も安くなり、わがサークルに通うオバアは、もう家に持ち帰らず、福祉センターに預けていますよ。それに、ニシキヘビの皮を使うから、ベトナムで安く作るところが増えているらしいですね。
 琉球王朝の時代、「刀狩り」は間違いという人もいるけれど、琉球が「武の国」でなく、「文の国」として知られていたのは、大事な事実です。「文の国」であり、「芸能の国」でもありますね。
 「文の国」にいつまでも戦争の拠点、軍事基地はいらない!ですね。
  

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先日、沖縄の首里城に行ってきました。現在の首里城は再建されたもののようですが、それでも琉球王国の歴史を感じます。 [続きを読む]

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