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2010年7月17日 (土)

文字はなくても歌は作れる?

 「平和の願い」の続きである。作詞者の平識(へしき)ナミさんは、文字を持たない人だったと聞く。ナミさんはほかにも平和の唄をはじめ、たくさんの歌詞を作っている。だから「文字を持たない」といわれると、「えっ!」と驚く。こんなすごい歌詞が作れるなんて、信じがたい思いだった。でもでも、沖縄では、古代の文字がない時代から、人々の思いを歌にして伝承してきた。各地の口伝えの歌、神に捧げる歌(神歌)など「おもろ」を集めて文字にしたのが有名な「おもろそうし」だと聞く。

 それに、琉球王国の時代は、百姓は「納税奴隷」のような存在で、学問をすること、文字も禁じられていた。だから文字をしらないのが通常だった。農民や一般民衆の間でだけ通用する縄を結んで数の計算や記録をする「縄結い文字」があった。八重山ではやはり藁(わら)で印をつくる「藁算」が使われたという。

 ちょっと歌からはずれてしまった。歌の話に戻す。近世でも、ほとんど文字を知らない一般民衆のなかからも歌人を輩出したという。「その代表的な歌人に北谷真牛(ちゃたんもうし)、吉屋(ゆしや)チル、恩納(うんな)ナビなどがいます」(川平朝申著『おきなわの歌と踊り』)。吉屋チルや恩納ナビの琉歌は、いまも古典音楽や民謡で歌われている。いくつかは、私も歌っている。

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コメント

へしきさんとも民謡とも関係ないけど、沖縄のオジーオバー、とくに戦争を生き延びた多くのオバー(オジーというか、男性は兵役に取られて生存率が女性に比べ低いから)って、温泉で会うオバーは結構文字を書けないよ。戦後の混乱と貧困で、学業どころじゃなかった人がたくさんいるから。識字率が低いわけ。夜間中学に進学するっていってた、76歳のオバーはどうしたかなあ・・・。腰椎圧迫骨折して、リハビリ中だったんだけど。戦後おとうのかわりに、長女だった自分が、那覇から糸満まで行商に行ってたんで、小学校にあがれなかったってさ~。へしきさんはど~して「文字をもたない人」なのかね?(・・?

 貧困や沖縄戦で学校にまともに行けず、字をしらない、算数ができないおじい、おばあはいるけれど、みんなたくましく生きているよ。先日、テレビで沖縄戦のフィルムの特集をしていたけれど、親兄弟を亡くし、孤児院に収容され、その後里親に育てられたおばあが「学校に行かせてもらえなかったのが辛かった」と涙ぐんでいた姿が忘れられないね。

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