無料ブログはココログ

« 沖縄の肝心を歌うHY | トップページ | 沖縄に寺はあっても檀家はない »

2010年9月 6日 (月)

沖縄で寺を見たことがありますか?

 沖縄に遊びに来て、あちこち見て回った人で、お寺を見たことのある人はどれくらいいるだろうか?。恐らく、観光で3,4日来て、ドライブで回っても、お寺を見たことのある人は、ごく少ないだろう。なぜだろう。私も東京に長く住んでいたが、住んでいた地域は、歩いて10分ほどの間にも、いくつもの寺があった。しかも、敷地はデーンと広く、大きなお寺の建物も遠くからもよく見える。

 でも、沖縄の風景に寺はまず見当たらない。沖縄に寺はないのか。そんなことはない。あるところにはある。ただ、少ないことは確か。県内をすみずみ回っても、大きなお墓はいたるところにあるが、寺は見えない。あっても、目につかない。寺の看板があって、やっと「あれっ、ここに寺があったのか?」という感じ。

 まず寺の数は、大和に比べて相当少ない。首里にはたくさんあるが、それ以外はそうでもない。しかも、あっても敷地は大和の寺に比べると極めて狭い。建物もコンクリート造りなどになっていたり、寺が目立たない。

 そこには、歴史的な背景があるという。仏教は、首里の士族の間にはそれなりに広まったが、禅宗が多い。沖縄は、ニライカナイ信仰があり、海のかなたに神様の住む楽園があると信じられている。先祖が霊力を持ち守ってくれるという先祖崇拝が強い。だから、巨大な仏壇とトートーメ(位牌)の前で、毎日、ウートートー(祈り)を欠かさない。カマドの火を崇める「火の神」(ひぬかん)も毎日、祀る。各地域ごとに御嶽(うたき)など拝所がいくつもあり、土着の民間信仰が根強い。「よくわかる御願(うがん)ハンドブックーーヒヌカン・トートーメ12カ月」という本がベストセラーになったほどだ。

 まあ仏教はあまり庶民の間に浸透しなかったといわれる。それに、琉球を300年近くも支配した薩摩藩は、キリスト教と一向宗を禁じるなど、仏教も制限した。だから、お寺があっても、禅宗と真言宗以外のお寺は建立されなかったそうである。いまは、他の宗派も入り込んではいるが、大和では、地方の各地を歩くと、大きな集落には大抵、お寺がある。そんな風景は、沖縄ではあまり見られない。

   101初詣に行った首里のお寺

 沖縄のお寺を見たくなって、ことしの初詣に首里に出かけた。地図とネットで探して行ってみると、日ごろ寺の前を通り過ぎていても、気付かないような場所に結構、寺があった。といっても、首里以外の地方にドライブに出かけても、ほとんどお寺に遭遇することはないことは確かである。お寺より、城跡や御獄(うたき)などを見ることが多い。城跡といっても、そこには必ず御獄がいくつもあり、いまなお信仰の対象になっている。神聖な場所でもある。民間信仰の根強さを感じることがとても多いのが、沖縄生活である。

« 沖縄の肝心を歌うHY | トップページ | 沖縄に寺はあっても檀家はない »

コメント

確かにお寺少ないですね。でも初詣に行ったら、結構参拝者がいたので意外でした。トシヌユルーの初詣には、普天間宮、護国神社、波乃上宮と御宮がおおいですよね。でも葬式はお寺さんに来てもらっていますよ。不思議ですね。沖縄ではお坊さんているんでしょうか。rbcの「ホッとスマイル」で、「暮らしの歳時記」のコーナーで旧暦による沖縄のしきたりをお話いているのは、波の上宮の宮司さんです。カルチャーセミナーでも、よく宮司さんがスーコー、トート-メーの話をしています。お坊さん、出番は?

 首里などとくにお寺は多いので、お寺の数ほど、お坊さんはいますよ。お寺は、大和でも徳川幕府の時代に、お坊さんの法論を禁じられ、お寺は布教はしなくなったそうです。本来、宗教は布教をして信者を増やすことが第一の仕事でしょう。でも布教をしなくなれば、お寺は葬式や年忌法要などが大きな仕事になたようです。沖縄でも、やっぱり葬儀や法要が一番の出番じゃないでしょうか。ラジオに確かに宮司さんが出る番組がありますが、なぜ宮司さんがよく出るのか、よくわかりませーん。

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄で寺を見たことがありますか?:

« 沖縄の肝心を歌うHY | トップページ | 沖縄に寺はあっても檀家はない »

最近のトラックバック

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30