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2010年10月 9日 (土)

那覇大綱挽き

 9,10,11日の三日間、那覇まつりである。とくに10日は、ギネスブックで認定された世界一の大綱を引き合う。大綱は、全長約200m、重量約43トンもある。国道58号線は、大綱挽きができるように、中央分離帯を撤去して、綱を横たえる。

 那覇の大綱挽きは、戦争を含め長く途絶えていた。1971年に復活したので、ことしで40回を迎える。市民参加の綱挽きだが、とにかく人出が多い。20万人を超える人出だ。なぜか、アメリカーもたくさん出てくる。力持ちだ。スケールだけはデカイ綱挽きだ。その前に国際通りでは、旗頭行列がある。綱挽きはじまると勝負は早い。移住して最初の年に見に行ったら、現地に着いたらもう終わって、みんな小綱を切って持って帰っていた。でも余りに人が多いので、ことしも見に行かない。市民フェTバルもあり、そちらに出かける。

 忘れてはならないのは、10月10日といえば、1944年10月10日、那覇市を中心に5波にわたる空襲を受けたことだ。那覇は空襲で市街地の9割が焼失した。県全体で死者600人、負傷者900人、家屋の全焼は1万1500戸にのぼった。沖縄戦はここから始まったのである。この那覇空襲の10月10日、那覇大綱挽きは復活した。本来、沖縄の伝統の綱挽きは、旧暦8月15日の満月に行われる。でも那覇大綱挽きは、あえて戦禍の日を選んで、復活した。そこには平和の願いが込められているだろう。戦争と米軍占領の荒波を、市民、県民は「ヒヤミカチ精神」で、「エイっ」と気合いを入れて、乗り越えてきた。綱挽きも平和であってこそ、みんなが力を合わせて楽しめるのだ。

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コメント

そ~なんですか?那覇大綱挽きが10月10日なのは、「10・10空襲」を記念してというか、忘れてはならない日として選ばれたんですか?なんか違う気がしますけど・・・。体育の日で県民全員が休みだからじゃないですか?旧暦8月15日は平日で、とてもゴッパチを交通規制できないし、参加者も制限されるし。あの大綱がゴッパチに置かれるのは、深夜ですよね。つまり平日の夜中にそれをやって、平日の昼間にゴッパチを通れなくするということは、沖縄経済が許さない、流通業界が許さない、もう何もかもが許さない、からじゃないのかなあ。10・10空襲とは無関係だと思うけどなあ。まあいいけど。那覇大綱挽きに参加した人がどれぐらい10・10空襲のことに思いをはせるか、はなはだ疑問ではあるけれど。

 昨夜9日、rbcラジオで沖縄の民俗に詳しい仲地昌京さんが、10・10空襲のことにふれながら、「那覇大綱挽きが1971年10月10日に復活したのは那覇空襲を記念して、記念という言い方はおかしいですが10日になったのです」と言っていました。焼け野原になった那覇市が、復興して大綱挽きも復活できるようになったので、10月10日を選んだのも意味あることじゃないですか。当時は、平良革新市長の時代でした。
 また、この日は、天候がいつもとても良い日で、雨に降られたことがないそうです。大綱は雨が大敵なので、天候も良いこの時期がよかったのかもしれません。
 まあ、大綱挽きの日に空襲を思い出さない人もいるし、観光客なんか関係ないでしょうね。でも、10・10空襲を追悼する催しも毎年開かれるので、大綱挽きの10日に、あわせて空襲を思い起こす人もいるんじゃないですか。

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