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2010年11月 3日 (水)

糸満のマチグヮーを歩く

糸満市に行ったので、久しぶりにマチグヮーを歩いた。中央市場のことだ。漁港のすぐ前にあり、古くからの糸満の雰囲気がある場所だ。

     054 中央市場の入口

 入口のすぐ角には「あんまー魚市場」がある。糸満は戦前、男たち漁師が獲ってきた魚を、アンマー(お母さん)たちが、頭に載せて那覇まで歩いて売りに行っていたことで知られる。この魚市場は、魚行商をしていたアンマーがつくったという。祝日なので、魚の卸売市場が休みで、魚市場も閑散としていた。

     055 一軒だけマグロを売っていた

 中央市場には、豚肉、野菜、糸満名物のかまぼこ、豆腐、カツオ節、揚げ菓子、衣料品など小さな店が50軒ほど入っている。

    034 豚肉を切っている

 海人(ウミンチュ)の町だから、旧暦の伝統行事がいろいろある。とくに旧盆や旧正月は、市場はとってもにぎわう。もう「糸満の台所」というほど客は多くない。この日もお客はチラホラだが、伝統的な対面販売なので、買い物客は店でゆんたく(おしゃべり)する。

    040  孫らしき子ども連れのおじいも買い物している

    035 上原食品にはおばあの肖像画が掲げられている

 なぜここに肖像画があるのかなあ。ほかにも絵が掲げられている。絵の上手い人がいるのだろうか。昔の映画の看板のようで、懐かしい雰囲気がある。

 市場の中央部には、市場ギャラリー、三角コーナーがあり、イベントはここでするという。おばあたちがゆんたくしていた。

     044  ゆんたくするおばあたち

  芝生のある三角コーナーは、店の裏側になると思ったら、食堂は裏からも、表からも入れるようになっている。

   048裏口にも看板がある

 沖縄戦の激戦の地である糸満は、いまなお不発弾が大量に見つかり、爆発事故もあった。やっぱり平和を大事にする。ありました。「平和食堂」。

  057平和食堂は市場入口にある

 中央市場が建設されたのは1965年(昭和40年)だという。「前は休まず店を開けていたが、お客は少なくなった。だから日曜は休むよ」と衣料品店のアンマーが嘆く。

 でも、やはりマチグヮーは、古い伝統と習慣、食文化などを感じることができる場所である。それ自体が残してほしい文化である。

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コメント

店が閑散としていて、あれで商売やっていけるのかって心配になりますね。糸満の人たちはどこへ買い物に行くんでしょうか?牧志の公設市場は地元客が減った分観光客がたくさん来てるし、盆と正月はやっぱりウチナーンチュが買いに来るからまだ経営なりたってますけどねえ。かつての活気ある市場を見てみたいです~。

大型のショッピングセンターがあるから、そちらにみんな行くんでしょうね。でもかまぼこや伝統料理の食材なんか、市場で買う人が結構いるでしょう。

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