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2010年11月20日 (土)

組踊は離島、村、字区でも上演される、その2

 「琉球新報」は20日付けで「組踊世界の宝に」とユネスコ無形文化遺産に登録されたことから、別刷り12ページの大特集を出した。そこには沖縄の誇る芸能が世界に認められたことへの、県民の喜びが反映されている。

 この特集の中に、県内各地で地域の伝統芸能として根付いていることを紹介している。前回のブログで紹介していないものがあり、それぞれとても貴重な組踊なのでこの特集から、補って紹介しておきたい。

 名護市屋部の組踊は、1865年、首里から伝わった冊封使を歓待する組踊「御冠船踊(うくぁんしんうどぅい)」が元になっており、県の無形民俗文化財にも登録されている。「大川敵討(おおかわてぃちうち)」など5演目がある。1演目を2年間上演し、10年で一回りする。20,30歳代の若手が多く参加し、配役からやく1ヶ月間の練習期間を経て、「八月踊り」という祭りで上演される。

 読谷村喜名(きな)区には、「忠臣護佐丸(ちゅうしんごさまる)」という組踊が伝わっている。明治時代に首里から読谷に移住した人が指導し、1906年に初演し、その後100年にわたり住民に親しまれているという。約2時間もかかる。喜名伝統芸能保存会が頑張っている。

 竹富島には「種子取祭(たなどぅい)」という600年以上もの歴史のある祭りがある。国の重要無形文化財に指定されている。ここで、玻座間(はざま)村が「伏山敵討(ふしやまてぃちうち)、中筋村が「父子忠臣(ふしちゅうしん)」という組踊を毎年上演している。石垣市に住む島の出身者が演じているという。ことしも10月8日に演じられた。

 ちなみに、この竹富町は、町役場はなんと石垣市にある。離島ならではの珍しいケースだ。竹富の組踊は、劇場の演目ではなく、神への奉納だという。沖縄では、芸能を奉納することはよくある。明治44年(1911)に、組踊が島に伝わった記録があるという。

 与那国島にも「北山敵討」などの敵討物、世話物が古くから演じられている。本島の本部町、今帰仁村にも組踊が多い、伊平屋島、伊是名島でも組踊が継承されているという。

 まだこれですべてではない。このように、沖縄全県内で、組踊は地域の伝統芸能として息づいている。これがスゴイことだと改めて思う。

 ただ、県民が組踊に親しんでいるかというと、まだ見たことがないという人も結構多い。でも無形文化遺産に登録されたことで、改めて沖縄の伝統芸能が世界的にも優れた価値あるものだと見直し、親しむ機会にもなるではないだろうか。

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コメント

竹富の組踊は「種取祭」におこなわれるんですかね。今や竹富島の「種取祭」といったら、もう観光客が押し寄せますね。あの倫太郎さえ、たいして意味もわからないだろうに、めずらしもの見たさで休みとって見に行くんですよ。それに竹富島には近年大きなリゾートホテルができて、せっかくの歴史ある組踊も、昔ながらの町並みが壊されたなか上演されるのでは、もったないないですね。

 リゾートホテルは竹富島にはいらないと思う。いま造られているリゾートホテルは、一応赤瓦の民家風の建築で、島の雰囲気を壊さないようにはなっているみたいです。
 組踊は島にいま住んでいる人だけではできないので、石垣島に住んでいる竹富出身者が島に帰って演じるそうですね。一度は見てみたい。豊年祭の「八月踊り」は、県内の各地にあるし、「伊江島の村踊」も国の重要無形文化財になっているそうで、見たいものがいろいろありますね。

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