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2010年11月17日 (水)

ユネスコ無形文化遺産に登録された組踊

 沖縄の伝統芸能「組踊」(くみうどぅい)がユネスコの無形文化遺産に登録され、沖縄中が喜びに包まれている。組踊は、歌三線、台詞、踊りの総合芸術である。中国から国王認証のために琉球に来た冊封使(さっぽうし)を歓待するために創作された。琉球王国には、踴奉行という役職まであり、玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)が初めて組踊を創作し、1719年上演したものだ。

   001 無形文化遺産登録を伝える沖縄テレビ

   002  沖縄テレビから

 日本では、能楽、人間浄瑠璃、歌舞伎、雅楽など13件が登録されているが、組踊は日本の伝統の要素も参考にしているが、琉球独自の芸能だ。こんな総合芸術は、日本でも他に例がないだろう。人類共通の遺産として保護すべきとされたのは、スゴイことだ。沖縄の伝統芸能が世界に誇るべき価値を有していることが示された。

  039沖縄テレビから

 朝薫が創作した5演目の「二童敵討」(にどうてぃちうち)「執心鐘入」(しゅうしんかねいり)「銘苅子」(めかるしー)「女物狂」(おんなむぬぐるい)「孝行の巻」(こうこうぬまき)は「朝薫の5番」として、300年近くたったいまでもたえず上演される。組踊は、王府が冊封使を歓待するのが目的だったので、そのテーマは封建的な道徳を反映し、仇討物や忠臣、忠孝を内容とするものが圧倒的に多かった。 

 唯一の例外である男女の恋愛をテーマにした組踊が、平敷屋朝敏作「手水の縁」である。結婚は親が決めるものだった王府の時代に、親の許しのない恋を、死罪の危険を乗り越えて成就させる内容だ。封建道徳と秩序を堂々と打ち破る画期的な組踊だった。朝敏は、政治犯として処刑されるという悲劇的な最期を遂げた。この組踊については、ブログにアップしてある「琉球悲劇の文学者ー平敷屋朝敏覚書」に詳しく書いたので、関心があれば読んでいただきたい。ブログは、2010年7月21日です。

 話は、少し横道に入った。無形文化遺産に登録された組踊は、「国立劇場おきなわ」で、常時、上演されている。伝統的な組踊に加えて、芥川賞作家の大城立裕氏らが新作組踊の脚本を書き、沖縄戦をテーマにしたものなども上演されている。残念ながら、国立劇場にまだ行ったことがなーい。一度、観劇に行きたいものだ。

 組踊のすごいところは、国立劇場だけではなく、離島や村から字区にいたる単位でも、村芝居の一つとして、組踊が上演されることだ。もう長くなったので、これは次にしましょうねえ。

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コメント

「組踊」は「執心鐘入り」と「二童仇討」を琉球新報の「劇画」で読み、テレビの「郷土劇場」だったか「沖縄の唄と踊り」だったかで、その一場面を見た覚えがあります。「執心鐘入り」は鬼に化した女性の情念がすざまじい記憶があります。台詞と歌がウチナーグチで、日本語訳をつけてくれないと理解できないのですが、台詞や歌も含めて文化遺産なのですから、仕方ないですね。国立劇場おきなわは一度行ってみたいです。そうそう、玉城朝薫の墓にも行かないといけないですね。今日のニュースで墓参者が増えるのではないですか?

 「執心鐘入」は、首里城中秋の宴で、正殿の前に舞台をつくり演じたのを見たけれど、満月が正殿のういに輝き、それの組踊の劇的な内容を盛り上げた感じでしたね。国立劇場おきなわは、組踊の伝統芸能を継承し発展させるとっても大事な役割を担っているけれど、私たちだけでなく、ウチナーンチュも行ったことがないという人がかなり多いらしいですね。
 玉城朝薫のお墓は近いうちに行ってみましょう。

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