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2010年12月31日 (金)

沖縄の新聞・元旦号は大晦日に配られる

 沖縄では、「琉球新報」「沖縄タイムス」の二紙とも、元旦号は年内の大晦日の夕方には、各戸に配られてきた。東京で長く暮らしていた体験から、1日付は元旦朝、配るのが常識だ。沖縄に来て最初の正月、というか、その前の31日夕、元日号が配られたので、ビックリ仰天した。「ところかわれば品変わる」というのはこのことだ。まあ、どうせ31日は、ニュースもたいしてないし、早く印刷して配り終えれば、記者も早く帰れるし、配達員も心おきなく正月と2日と休める。まあ、考えてみれば、合理的かもしれない。
 元日号の目玉は何か。トップニュースは「嘉手納爆音訴訟、第3次訴訟で、原告が第2次訴訟の4倍、2万人を超える」ということだ。これまでの全国の基地被害についての訴訟では、第4次厚木爆音訴訟が原告約7000人が最も多いというから、その3倍だ。
 原告は、嘉手納町、北谷町、沖縄市、うるま市、読谷村の住民である。いかに、周辺市町村の住民に耐えがた被害を与えているのかが、よくわかる。わが那覇市だって、戦闘機がこの年末も飛び回り、うるさいことこの上ない。
 元日号の紙面は、なんと114ページもある。それは、第1集から第4集まであるからだ。第2集は「つながる未来」で、ことし10月に「第5回世界のウチナーンチュ大会」が開かれることなど伝えている。第3集は「スポーツ」だ。2010年は、興南高校の甲子園春夏連覇をはじめ、宮里藍ちゃんのゴルフ全米ツアーで年間5勝など、大いに県民が歓喜する場面があった。2011年への期待も高い。プロ野球に新規入団した選手への期待もある。2011年から、巨人軍が春のキャンプで初めて沖縄セルラースタジアムに来ることが、もっぱらの話題である。
 第4集は、「芸能、テレビ・ラジオ」の話題。なんと、あの南沙織がデビュー40周年で登場。「故郷へのメッセージ」を語っている。これは、元日号の最大の目玉かもしれない。彼女は、嘉手納町で生れ、宜野湾市など基地周辺でずっと暮らしたという。お母さん、基地で働くフィリピン人の義父、妹2人、弟1人という家族だったという。
 「普天間のような人口密集地になぜ、いまだに飛行場があるんでしょうか。移設先が辺野古というのもだめ」「とにかく海を汚してほしくない。これが絶対条件です」と語る。そんな元日号である。
 2011年、沖縄と世界に「みるくゆがふ」を願っている。「みるくゆがふ」とは、「平和で幸せな世の中」というような意味である。

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コメント

 「紅白」を見ながら書いています。沖縄をめぐる政治状況はむしろ悪い方向に向かっていますね。結局、ことしも、じゃないや、来年も県民自身が闘わなければ、何も変わらないということなんでしょうね。「普天間」問題は鳩山民主党政権誕生を機に「フテンマ」問題として、ようやく本土でも少しは知られるようになったけど、米軍基地を含めた沖縄の「本土格差」の深刻さは、本土の人にはわかりっこないし、変えられないと思います。運動は多いにしてもらって結構ですけど。
 南沙織さんは「琉球新報」だから出てくれたんじゃないでしょうかね。あと「タイムス」とか。沖縄の新聞だから。できれば「HY」もとりあげてほしかったな~。

南沙織は、琉球新報の取材ではなく、共同通信の石山さんという編集委員の取材です。だから、各地方紙もそれなりに載せているのではないかな。彼女の沖縄への思いは強いですね。
 鳩山前首相は、沖縄を裏切ったけれど、考えようによっては、彼らが「普天間は最低でも県外へ」といって、大騒動になったから、眠りかけていた県民の思いを、もう一度揺り動かして、「県内移設はダメ」という県民の思いを盛り上げたのかもしれないですよ。

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