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2011年1月10日 (月)

沖縄のムーチーを食べる日

 旧暦12月8日は、沖縄033 では「ムーチー」(餅)を食べ、厄払いと健康を願う日である。今年は1月11日だ。「ムーチー」は、大和の餅のような、もち米を蒸して臼でつくという方法ではない。もち粉に、黒糖、紅芋の粉、カボチャの粉末など、種類によっていろいろ混ぜて、こねたものを、サンニンガーサ(月桃の葉)でくるみ、蒸す、という作り方だ。右は蒸し上がる前のムーチーである。左下は、蒸す前の紅芋ムーチーである。

 カーサで包むのは、魔除けの効果があるといわれるから。食べることで、厄払い、魔除けになるといわれる。ムーチを蒸した後の汁も、魔除けになるという。鬼の足にかかると、鬼の足が焼けただれる。鬼は、健康の邪魔をするので、追い払う意味がある。
024  家の天井や門に、ムーチーを吊るしておくと、魔除けになる。裏戸や門に「鬼の足、焼こうねえ」とかいって、ゆで汁をこぼすこともある。ムーチーは「鬼餅」とも言われる。
 ムーチーは、その年に子どもが生れた家は、ムーチーを親戚や知り合いなどに配る習慣がある。

023 ムーチーには面白い伝説がある。首里金城町に兄と妹がいた。兄は大里(現在南城市)に住み、夜ごと村を襲い、山羊や牛を盗み、人間まで食べ「大里鬼」になった。洞窟に住んでいた。妹は鬼を退治しようと、鉄を入れた餅を作った。鬼に食べさせ、鬼は崖から転落して死んだ。鬼を退治したのが12月8日で、この日、厄払いの「鬼餅(ウニムーチー)を食べるようになったという。他にも別の伝説もある。

 大里では「ムーチーの発祥の地」として、毎年「ふるさとヌムーチーさい」を開いていた。この祭りでは、巨大な鍋で、約2000人分の巨大ムーチーを作る。2008年12月、出掛けた。ムーチーをいただいて食べた。右の写真は、これから蒸すところだ。ことしはまだないので、問い合わせてみると、ことしから中止になったそうだ。伝統ある行事がなくなるのはさびしい。

 ムーチーの日のころは、とても寒くなるので「ムーチービーサー」と呼ばれる。「ビーサー」は冷えるがなまった言葉だろう。

 天気予報では、これから2週間ほどは、沖縄は例年より寒くなるという。やっぱり「ムーチービーサー」は生きている。

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コメント

ムーチーって、その習慣の発祥は、物語に由来するんでしょうかね。こちらに来てから「餅」といえば、米をついてつくったものでなく、餅粉を使ったものなんで、不思議でした。ぜんざいの白玉も白玉粉で、ムーチーも餅粉です。じゃあヤマトの餅は食べないのかというと、うちの近くの県営団地では杵と臼で、正月に餅つきをします。JA国場のおまつりでも餅つきします。市場で売っているたくさんの餅類は餅粉なのか、ヤマトの餅なのか?
わが家では「ハチムーチー」でしたが、ゆで汁をこぼすのを忘れました。それしなきゃ厄払いにならなかったのに~!
今年は「ムーチービーサ」が来る前からずっとヒーサヌコーコーですね~!こんなじゃ「ワシリビーサ」「ワカリビーサ」はいつになるのかわかりませんね~。

 沖縄には両方の餅があるよね。もち米を臼でつく餅は、大和から入ってきた食文化ではないでしょうか? 餅つき大会も大和風俗じゃないでしょうか。もう沖縄民俗と大和民俗は融合しているから、どこからどうなのか、よくわかりません。
 来年、ムーチー作ったらゆで汁をこぼして厄払いしてくださいね。今年は例年以上に、気温が低い感じですね。うりずんのころじゃないと温かくならないですかね。

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