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2011年2月 7日 (月)

名護城の桜を見る

 北部の桜の名所の一つ、名護市の名護050 城(なんぐすく)の桜を見に行った。少し盛りを過ぎかけたくらいだ。でもとても人が多い。
 ここは、長い石段の両脇が桜並木になっている。樹齢も古く、大きな桜だ。2万本あるといわれる。
 ここは、今から600年ほど前の14世紀のはじめころ、名護按司(領主)が山上に城を構えたという。約200年後に、尚真王の時代に、中央集権によって、名護按司も首里に移った。この地に住む住民は、この城址に氏神を祀ったという。
 昭和3年に、神殿と拝殿を改築した記念に、城青年団が参道沿いに桜を植えたそうだ。由来を書いた碑があった(右)。だからもう80年以上の樹齢である。052

 長い長い石段を登らなければいけない(左)。元気な人はよいが、お年寄りや障害を持った人には、無理だ。車も上がるが、参道沿いに桜があるので、車で上がるとよく見えない。それに、この日は車は通行止めになっていた。石段を上がるしかない。
 名護城跡といっても、ここは沖縄の城跡にはつきものの石垣がない。不思議だ。だから、城跡らしい風景はない。参道には、石の灯篭も並ぶ。いかにも神社の参道である。

 人が多いので、立ち止まって写真を撮ろうとすると、人波の渋滞が起きるほどだ(左)。

055  桜はとても見事だ。木が大きいので見ごたえがある。色も鮮やかである。
 北部の桜の名所といえば、八重岳と今帰仁城跡が名高い。八重岳は、桜は多いが、道路の両側に植えられていて、車で通りながらみるので、あまりゆっくり散策することにはならない。
 今帰仁城跡は、惜しむらくは桜の本数が少ない。戦後植えたので、木も小さい。城跡は、石垣が見事であり、門から入って本殿のある場所に上る道に植えられているから、城跡と桜の取り合わせがいいが、桜そのものは見ごたえがない。
 その点は、名護城の桜は、見事である。難点は、石段の長さだろう。063

 かなり登ると、道路に出る。鳥居がある。とりあえず、今回はここまでとした。上からの桜の眺めがもっとも美しい(左)。
 なぜか、この日はアメリカーがとっても多かった。家族連れだ。辺野古のキャンプ・シュワブや金武町のキャンプ・ハンセンからは近い。休日で桜見物に来たのだろう。その数は半端でない(右)。057

 

 

 八重岳ではあまり見かけなかったけれど、なぜ名護城は多いのだろうか。基地から近いし、石段の桜で雰囲気があるし、ちょうど満開だから、やってきたのだろうか。

 この土日は、一方で、飲酒した米兵が住居に侵入したり、酒気帯び運転など、沖縄市と宜野湾市で5日未明に3件の事件事故が起きている。6日には、北谷の基地外の民間アパートに住む米空軍嘉手納基地の米兵が殺害されるぶっそうな事件も起きている。事件のあったアパートは、中日がキャンプしている野球場からも近い場所。住民は不安を感じている。まあ、家族で桜を見るのはいいが、飲酒による事件事故や物騒な事件は、根絶してほしい。

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コメント

なんぐすくは石段でしたが、とっても段差が少なく、階段を上る、というより坂を登るといった感じでした。ですが、膝が痛い私にはやっぱりしんどかったです。人の多さもイヤでしたね~。まあ、日曜日だったので仕方ないですけど。アメリカーは金がかからなくて遊べる場所にはかんなじたくさんいますね。なんぐすくは狭い参道だったので、余計にアメリカーの人口密度が高かった~。
あそこには今帰仁城跡からわかれた按司が住んでいたとは知らなかったです。参道だけでは2万本の桜にはならないので、山沿いの道路際にも植えてあるんでしょうかね。

 名護城は、石段は長いので、一番上までは行かないで、途中までで帰る人が多いので、余計、狭い石段で短い期間に人が集中するから、人口密度が高くなるのでしょう。
桜は、きっと山の上の方まで植えられているでしょう。まだ上まで行ったことないですが。
アメリカーは、祭りにはたくさん出てきますね。名護の桜まつりでしょう。

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