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2011年2月26日 (土)

首里・龍潭通りの周辺を歩く、その2

 首里でも前に一度来たことのある地域を、連れ合いを案内して歩いた。061 途中で、史跡ではないが、まるでシーサーのように、石の上にのって、じっと座りこんでいる犬に出合った(右)。動かない。知らない人を見ても吠えない。番犬の役割も果たさない。文字通りシーサーの代わりの置き物みたい。
 前に来た場所でも、見落としていた井戸があった。安谷川(アタニガー)という。070石段を降りていくとあった。

 ついでに、沖縄の石段には特徴がある。階段というよりも、坂道と階段を組み合わせたような感じだ。つまり、一つの段が長くて、それが坂になっている。一段を一歩では歩けない。ここだけではない。古い城跡では、こういう階段が多い。段が坂道の上に、石がゴツゴツ出ていて、かなり歩きにくい。なぜこういう石段が多いのだろうか?069

 さて、首里は山のような丘陵の斜面に町が広がっている。だから深い谷川もある。なのに、山の斜面のような場所で、よくこれだけたくさん水の湧く井戸があるものだと感心する。狭い地区に、とても人口も多かったから、水も豊富にないと生活できなかっただろう。左が、安谷川(井戸)である。
 

すぐその上には、玉那覇味噌醤油の店と工場が075 ある。古い歴史のある店だ(右)。

076中に入ってみると、いろんな種類の味噌が並んでいた(左)。 072_2 奥に工場がある。見事な石垣があり、しかも首里城の石垣のように丸くカーブしている(右)。
 石垣にそって奥に入ると、羽地朝秀の生誕地があった。これも知らなかった。彼は唐名(カラナー)を向象賢(コウショウケン)という。琉球王国で最高074 のポストである摂政に就任した。古い行政を改革し、重すぎる百姓の負担を軽減し、王府祭礼の合理化をするなどすすめた。その政策は「羽地仕置き」と呼ばれ、琉球の政治史でも特筆される。王府の正史「中山世鑑」を編集した。よく、後でふれる蔡温(サイオン)と並列して評価されるが、私個人としては、羽地朝秀こそ王国で最大の政治家だろうと考える。蔡温は辣腕をふるったが、庶民の苦しみを軽減する政策を進めたとは聞かないからである。といっても、生誕地はいま駐車場だ。説明板があるだけだ。

 坂を上がると、安谷川嶽(アガニガータキ)に出た。アーチ型の門があ079 り、それが拝殿に当たる。前もふれたが、門が拝殿になるのが琉球ならではの拝所である(下の右左)。。081

082

首里王府の高級女神官の一人、大阿母志良礼(オオアムシラレ)が司る御嶽(ウタキ)の一つである。由緒ある拝所だ。門のなかが聖なる場所(上)。といっても、何かがあるわけではない。御嶽とは、神が降りてくる場所だから、何もなくてよい。
 このほか、板井戸(イチャガー)という井戸、先にふれた琉球の政治家、蔡温の旧宅跡があった(した)。やはり旧宅跡といっても駐車場だけだった。063 蔡温は、官僚トップの三司官にまでなった。山林視察を行い、治山治水をおこなったという。八重山、宮古では、開拓のため住民を強制移住させたことで、幾多の悲劇も生れたことで知られる。

 おまけ。小さな可憐な花、リュウキュウスミレがあちこちで咲いていた。071

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コメント

シーサーは魔除けになりますが、このいんぐゎーはうんともすんとも言わないし、ただ座っているだけなのでシーサーの代わりにはなりませんね。
牧志に「蔡温橋」という、とてつも長く工事していた小さな橋がありますが、あれはどういう関係なんですか。
ちなみに「オオアラシムレ」という言葉の意味は「オオアム」は「母」「シムレ」は「知らせる」ということですね。つまり琉球王朝の政治の精神世界を支配するうえで果たした最高神人につかえるノロたちのことです。「知らせる」とは「命令する」とでもいったらよいでしょうか。伊波普猷の「沖縄女性史」に書いてありました。
リュウキュウスミレはたくさんありましたね~。玉那覇味噌・醤油の会社の造りは大変気に入りました。
足腰が痛くなったけど行って良かったです。

犬は動かず座っているだけというのが、ちょっと変ですね。
「オオアムシラレ」の意味はそういうことですか。よく知らなかった。最高の女神である聞得大君(キコエノオオキミ)につかえるノロですね。玉那覇味噌醤油も前に来たけれど、中は見なかったし、見事な石垣も見てなかったので、何回も来れば見どころがありますね。

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