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2011年2月13日 (日)

あきれた鳩山前首相の証言

 鳩山前首相が、普天間基地問題でインタビューに応えた記事には、あきれた。琉球新報など13日付で、大きく報道した。
 2009年の衆議院選挙で「最低でも県外移設」と公約したのに、政権につくと、閣僚は「国外は言うまでもなく県外も無理だという思いが政府内にまん延していたし、今でもそうである」「県外の主張は私を含め数人にとどまってしまった」という。
 しかし、閣僚を任命したのは、首相であるし、閣僚を指揮するのも首相である。要するに、党首が公約して政権についても、ただ鳩山個人の思いだけで、政権としてそれを実行する意欲も意思もまるでなかったことになる。「私のようなアイデアは一笑にふされていたところはあるのではないか」とも言う。これでは、「私はその気はあったけど、みんなやる気はなかったので無理だった」というのに等しい。あまりにも軽すぎる。すべて人のせいにしている。
 あたかも県外の移設先を探しているように言っていたのも、まったくのパフォーマンスだった。アメリカ側と県外移設に向けた具体的な交渉もなかったことを認めたという。「腹案がある」と言ったのも、徳之島のこと。「腹案」なんかになりえない。地元の猛反発で完全に閉ざされた。結局、最初から県民をまるっきり裏切っていたことになる。
 辺野古に戻ってきたさい、「海兵隊の抑止力」を理由にしたことについて、「抑止力でないと皆さん思われる。私もそうだと理解する。それを方便と言われれば方便だが」と認めたことには、驚いた。自分Photo で「抑止力」を理由に押し付けておいて、「あれは方便だった」とは、およそ前首相がいう言葉ではないだろう。
 海兵隊が抑止力でないと理解しながら、それを根拠に沖縄に押し付けるとは、県民をもてあそぶのもはなはだしい。県民から強い反発を呼んでいるのは、当然である。
 もし、鳩山前首相の態度で、唯一、県民に与えた影響があるとすれば、「最低でも県外」と言った公約を裏切ったことで、普天間基地の移設問題への県民の意識を奮い立たせ、県内移設反対の県民ぐるみの世論と運動を巻き越したことだろう。もう、県民は後戻りできないところまできている。民主党政権は、アメリカに顔を向けるのではなく、沖縄の総意を真剣に受け止めるべきである。普天間基地はもう、アメリカ本国に持って帰ってもらうしか解決方法はない。 写真は、嘉数高台からみた普天間基地。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

鳩山の「最低でも県外」は結局選挙目当てにすぎなかったってことが改めてわかったっていうことじゃないですか。こんなに軽い、かくたる思想も主義も持ち合わせていない人間が首相をやっていたということが驚きです。「抑止力は方便」というのは、鳩山だけでなく菅もそう思ってるんじゃないですか。なにかあれば「抑止力」っていえば、通じると思ってる。破たんしてるのに。今の政治不信は小沢の金問題もあるけど、そもそも鳩山が普天間を辺野古に回帰させて、退陣したことにもあるんですよ。それがどんな大罪か、わかってるんでしょうかね。

 鳩山は「大罪」とは分かっていないでしょう。分かっていれば、もっと沖縄県民への謝罪の気持ちが出るはずだけれど、もう他人事のような言い方だものね。「政治音痴の素人首相」だという批判もあるけれど、自分は「これが政治だ」と思っているんじゃないの。「政治とは方便の世界」という感じでしょう。
 彼らはすぐ、「官僚の抵抗」を口にするけれど、やる気があれば、抵抗勢力を更迭すればよいだけ。実際に、権力がなんとしてもやるという政策は、抵抗すればクビにしてでもやるでしょう。だから本当は、自分がやる気がなかっただけじゃないの、と言いたい。まあ無責任の極みですね。

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