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2011年2月27日 (日)

首里・万松院で沖縄の民俗を学ぶ

 首里を歩いた際、予定にはなかった041 った万松院(ばんしょういん)に立ち寄った。臨済宗妙心寺派のお寺である。2009年に新築したとかで、今まで見た沖縄の寺では、もっとも壮麗な寺だ。
 沿革を見ると、1613年に始まっているから400年に及ぶ歴史がある。やはり、沖縄戦ですべて焼失し、戦後徐々に復興してきたという。
 入口には、水を使わない「枯山水」の禅の庭が造られている。沖縄ではあまり見ない。042

 万松院の見どころは、実は壮麗な建物ではない。本殿の入り口に行くと、たくさんの張り紙と言うか、説明文が張られている。よく見ると、沖縄の歴史年表のようだ。しかも、琉球王国の歴史を書いているのかな、と思って見ているとそれだけではない。沖縄でお墓に親族一同が集まり、先祖を供養する一代イベントの清明祭(ウシーミー)のいわれについて書かれている。035
 中国の明代に琉球に渡ってきた久米36姓の影響で、清明祭が士族、平民と伝わったという。お墓へのお供え物も、豚、トリ、魚の三身の三品だったのが、生きている者の食したいという希望によって、年を経るにしたがい、変化して、豚は三枚肉、魚は天ぷらに変わり、かまぼこや揚げ豆腐も加わり、品数が多くなった。持ち運びに便利な重箱に詰めていった。お餅も、もちがよい保存食として重宝された。餅も重箱に詰め、2箱になった(下は辻の旧二十日正月の時の重箱料理)。
 お供えした料理を下げるのを「ウサンデー」というが、これがみんなに十分にいきわたり満足できるように増やして、重箱が4個となった。

015_2 お寺が言いたいのは、伝統の重箱料理は、亡くなった先祖のことを思ってではなく、生きている人の都合で変わってきたものだということ。そこから、大胆にも次のように主張する。
「このようなお供えはやめて、左のようなお供えをなさるようにおすすめします。
 精進料理。なーべーらー(ヘチマ)、ごまどうふ、じーまーみどうふ(ピーナッツ豆腐)、ゴーヤー、もずく、野菜のかきあげてんぷら、ゼリー お好きな品々を加えて下さい」。なるほど、簡素化のすすめである。
 といいながら「すし、オードブル等をお供え希望の方はどうぞ」ともいっている。寿司やオードブルとなると、ボリュームがあり、とても簡素化とは逆になるが、どうなのだろうか。 

 下の写真のように、絵入りで重箱料理の変遷や精進料理のすすめを説いている。面白いことに、さらに、これに共鳴する人の感想のような文章も掲示されている。ウチナーグチと訳文であるが、訳したもので一部を紹介したい。

 「意味もよくわからないで、昔からの風習とかしきたりで、お供えをすればいいと思っていたが、そうではなかったんだねー。親や先祖に失礼していたんだねー。これからは形式ではなく、真心のこもったお供え物をお供えしていかなくては。皆さん、肝(チム)にそめようね」。038 037_2                                                  なるほど、清明祭と重箱料理のいわれとその関係、さらに時代による変化が、生きている人の都合で変わってきたものだということがよく分かった。お寺で、沖縄の民俗の大事な一つを学べるとは、意外だった。お寺を訪ねると、いろいろ特色があるものである。

043 029 下はお寺の門と梵鐘である。まだ初詣には来たことがない。

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コメント

あの年表というか、ウシーミーの重箱料理のくだりを読んでいて「アレ?」と思ったのは、「『重箱料理(ウサンミ)』のルーツの変化」とあったことです。重箱料理は首里・那覇方言では「ウサギムン」といいますね。だけどあれには「ウサンミ」とありました。ウサンミとは「御三身」とも書き、久米三十六姓ら中国人がお供えしたものが、ブタ、ヒリ(ってなんなのか?)、魚で、北京あたりではブタ、牛、ヤギだったそうで、その三つを指して「御三身」といったそうです。
首里・那覇方言の「ウサギムン」は「捧げもの」という語彙に近いので、納得していましたが、「ウサンミ」という語彙も影響しているようですね。
重箱料理を簡素化しろといいながら「オードブルうけたまわります」というのは商売根性丸出しですね。
私は今回、これを見てなんとしても沖縄のもちのルーツを知りたい!と思いました。

 重箱にはじめは豚と「ひり」ではなく、「とり」(鶏)、魚ですね。でもトリはいつの間にか消えているけれど、これはなぜなのか? 沖縄はいまでもトリはあまり食べないですね、アメリカーの影響で、ファストフードでチキンは食べるけれど。
 お寺が重箱料理は、習慣ではなく真心込めたものでというけれど、ウチナー民俗に深く根を下ろした食文化は、なかなか変わらないでしょう。これが真心込めた料理とも思っているから。餅は、大和から入ってきた餅と沖縄にもともとあった餅と両方があるんじゃないかな。餅も豊富ですよね。

「どうぞ」の大きな勘違いは、しないで下さい。
「すし、」オードブル等をお供え希望の方はどうぞ」は、「寺に注文をして下さい。」との事では無く、
家族や親族の方々が「すし・オードブル」が好物で、喜んでウサンデーして食べのであれば、「子孫の喜びは先祖の喜び」に通じ、ご自由に皆の好きな物をお供えして下さいとの意味で、
万松院は、惣菜や供物を取り扱っている訳ではありません。
現世の子孫が喜ぶ供物をお供えするのが、先祖の供養ですので、私の家のシーミーは、さしみやBBQ、
ピザに沖縄そばと、オードブルは、数種類が墓前に並びます。
盆も小さな子供が喜んで食べる料理が並びます。

タルガニーさん。コメントありがとうございました。おっしゃる通りです。本文では、そういう解釈はしてないつもりで、「これで簡素化になるのかな?」という疑問を書きましたが、コメントのやり取りで、誤解を招く表現になっていました。
 「現世の子孫が喜ぶ供物を供するのが先祖の供養」というのはその通りですね。万松院の説明もそういう趣旨ですね。

文殊菩薩(兎)、普賢菩薩(巳)の守り本尊である。

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