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2011年3月18日 (金)

石垣島の岬を巡る

 東日本大震災は、福島原発からの放射性物質の放出は心配だ。政府は、半径20キロ圏は避難させ、30キロ圏までは屋内退避ですませている。でも県外に脱出する住民が続出している。米軍は93キロ圏内には入らない、80キロ圏内にいる米国民は避難を勧告している。なぜこんな違いが出るのだろう。東京電力と政府への不信の声も聞こえる。日本の対策はドタバタだと海外からも批判の声が出ている。国民の命を最優先して、あらゆる力を集めて収拾に万全を尽くしてほしい。
 さて、石垣島はまだ続く。島をドライブすると、023 角ばった岬に景勝地がある。左回りで島を一周した。
 最初は、観音崎だ。灯台がある。でもここは見るほどのものはない。それより、この付近では冨崎観音堂が有名だし、唐人墓が欠かせない。
 1852年、中国のアモイで集められて400人余りの労働者「苦力」(クーリー)は米国商船ロバート・バウン号でカリフォルニアに送られる途中、あまりの暴行、虐待に耐え切れず決起して船長ら7人を打殺した。船は石垣島の崎枝沖で座礁し、380人が下船した。米英兵船が3回来島し、武装兵が上陸して捜索。中国人たちは銃撃や逮捕され、自殺者も出た。
 このとき琉球王府と八重山の政庁・蔵元は人道的に対応し、島民も同情して密かに食糧などを運び渡したという。交渉の結果、生存者172人を琉球の船で福建省に送還したという。
 冨崎原一帯に中国人の墓が数多く点在した。024
 1971年に石垣市は、不幸な人々を合祀慰霊するために唐人墓を建設した。左の碑文は後年のものだが、建設当時の碑(右下)がある。019












 「人間が人間を差別し、憎悪と殺戮がくりかえされることのない人類社会の平和を希い、この地に眠る異国の人々の霊に敬虔な祈りを捧げる」という琉球政府行政主席の屋良朝苗さんの言葉が刻まれている。028

029_2

 お墓には128人を祀っているという。こんな極彩色のお墓は初めて見た。

 島の西端にあるのが御神崎(ウガンザキ)。断崖の上に灯台がある。「夕日とテッポウユリ、そして白亜の灯台」が見ものだという。
 前方には、西表島、小浜島、鳩間島が見えるというが、この日はよく見えなかった。リーフがないので、波が岩に直接打ち付けている。038

 この沖合で1952年12月8日、那覇から貨客を満載して石垣へ帰る途中の八重山丸(40トン)が折からの季節風のために遭難して、死者・行方不明者35人を数える大参事となった。まだ米軍による占領下で、大和ではほとんど知られていない遭難事故だ。
 それから25年後の1976年、遭難者の碑が建設された。この灯台が建設されたのは、1983年というから、随分遅れている。航海の安全を見守っているという。040

      右写真にみえるのが、遭難の碑のようだ。 近くには行かなかったので、確かめてはいない。
灯台の下は、断崖である。

041

  石垣島は、北に平久保半島が長く伸びている。半島の根っこのところは、狭くくびれていて、西と東の海岸の間は、わずか300㍍ほどしかない。かつては、舟が半島を回ると時間がかかるので、舟を担いで陸上を越えたという。だから地名は「船越(フナクヤー)」という。156  右上は、玉取崎(タマトリザキ)展望台から、平久保半島を見た景観である。 
 1771年の明和の大津波のときは、船越は全集落が津波で流失したという。今回の東日本大震災と同じような津波による集落の壊滅だったのだろう。その翌年に、黒島から167人を移住させたそうだ。石垣は、強制移住でつくられた集落があちこちにある。

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 石垣島の最北端、平久保崎に着いた。最北端の標柱がある。突端には灯台がある。
 よく晴れた日には、石垣と宮古島の中間にある多良間島が見えるそうだが、残念ながら見えなかった。さすがに眺めはとてもよい。平久保崎の東側は、湾曲したビーチが広がる。平野の浜だという。139 テッポウユリも一輪咲いていた。

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 帰りは、島の東海岸を通った。玉取崎展望台がある。とっても見晴らしの良い場所だ。島の東側、西側の両方の海が見える。 エメラルドグリーンの海が鮮やかだ。159 157_2

 ドライブの最後は、岬ではない。バンナ公園のエメラルドの海を見る展望台に行った。416ここは、ほんとうに360度の展望が楽しめめる。 名蔵アンパルがよく見える。名蔵川が海に流れ込む湿地帯と干潟があり、ラムサール条約に登録された。

 海だけでなく、山の新緑も鮮やかだった。418

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コメント

石垣は岬が多く、そこが景勝地となっているので、天気が悪いと見通しも悪く、海の色もきれいでないので、やっぱり観光シーズンは晴れ間の多い夏とか秋口ですかね。今回行った時期はオフシーズンだったので、料金は安かったけど、天気が良いかどうかは保証されてませんからね。テッポウユリが咲くこれからのシーズンなんかもいいと思いますよ。

 沖縄の海と空は、晴れと曇りでは大違いですね。でも、石垣に行く前の予報では、雨マークがついていたので、笠を持参したけれど、雨の心配はなく、少し晴れ間ものぞく天候で、ラッキーでした。石垣も、いろんな見どころ、楽しみ方がありますね。

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