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2011年3月13日 (日)

大津波の恐ろしさに石垣島で思いはせる

 東日本大震災は想像を絶するような惨状にあり、心からお見舞いを申し上げたい。亡くなられた方に哀悼の意をささげます。161_2
 地震が起きたその日、石垣島にいた。島内を回っていて地震のニュースはラジオで聞いた。
 石垣島といえば、今から240年前の1771年、明和の大津波があった。大地震のあと3度も津波が襲ってきて、島の東海岸の村々は壊滅した。最高85・4㍍の地点まで津波が押し寄せた。時の王府への報告では、八重山全人口の3分の1にあたる9913人が死亡したという。
 石垣市大浜に、その時、大津波で運ばれてきたと伝えられる巨岩があるので、見に行った。場所は、大浜小学校のすぐ側だった。
 学校の塀には、今春卒業する生徒が描いた獅子舞やミルク(弥勒)様の壁画があった。
 学校の前は、いくつも拝所の御嶽(石垣ではオンと呼ぶ)がある。それらを見ていると、学校の3階の窓から「おじさーん、危ないよ、津波が来るよ!」と大声で子どもたちが叫んだ。私に呼び掛けているようだ。振り返ると3人の生徒が叫んでいた。「石垣は大丈夫なんだろうー」と声を返した。地震があったのは東北だから、勝手にそう思い込んでいた。「津波が来るよー!」となおも叫ぶ。「ありがとう!」と応えた。まもなくどこからか放送が聞こえてきた。
 石垣島でも津波警報が出ているので、避難するようにという呼びかけである。ラジオで確かめると、石垣島に津波が到達するのは、午後6時過ぎなので、まだ時間がある。せっかくだからもうしばらく見ることにした。津波で運ばれた巨岩は、学校の西側の公園の一角にあった。 191  こんな巨大な岩を津波が運ぶとは信じがたいほどだ。でも、東北の大津波のすざましい模様をテレビで見ると、ありうることだと実感する。大浜の古老によると「ナンヌムチケール」(津波が持ってきた石)という言い伝えだそうだ。近くにいたおばさんに聞いても「これが津波が持ってきた岩だと聞いています。まだ他の民有地にも津波が持ってきた石がいくつもありますよ」と話してくれた。津波石と呼ばれる石は、八重山各地に300あまりもあるそうだ。

188 岩の裏側には、なんと階段があった。登れるようになっている。登るのはやめたが、恐らく拝所があるのではないだろうか。でなければわざわざこんな巨岩に階段は造らない。津波の犠牲者を追悼するためか、再び恐ろしい津波が起きないように願うためだろうか。
 翌日、国指定の重要文化財になっている宮良殿内(メーラドゥヌス)を見に行った時、この屋敷に住む古老も話していた。「明和の大津波では、1万とも3万ともいわれる人が亡くなったよ。その翌年も、食べ物ができないから1万人くらいが死んだんだ」。
 東北の津波の生々しい映像を見るにつけ、石垣島でもあのように島の集落を飲み込んでいったんだと改めて思った。そして、東日本大震災の被災者に思いをはせた。242
 小学校の校庭を見ると、生徒たちが集合していた。どうやら避難訓練をしているようだ。「危ないよ」と声をかけてくれた生徒に感謝しなければいけない。 

 市内を歩いていると、避難場所を示した看板があった。地震と津波の際の避難場所だろう。海岸より中に少し入った場所の、小学校などが避難場所に指定されている。
 宿泊したホテルでも、津波のことを心配する声があったが、フロントでは「うちのホテルも避難場所になっていますから、大丈夫ですよ」と応えていた。
 沖縄は地震のない島のように見る人もいるが、けっしてそうではない。幾度も地震がおきているし、明和の大津波のような大参事の歴史もある。
 悲劇が繰り返されないように願うばかりである。
 

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コメント

東北関東大地震で被災された方々に心からお見舞いを申し上げるとともに、亡くなった方がたに哀悼をささげます。津波で家も車も何もかも町ごとが押し流されていくさまを見るにつけ、明和の大津波のときの被災状況が手に取るように伝わってきます。あの巨岩を押し上げたというのですから、相当な高さと勢いの津波だったのでしょうね。大浜小学校で避難訓練をしていたのを見た時、津波警報が発令されたときの模擬訓練だと思っていました。私は子どもが「津波が来るよ」というのを聞いていなかったので。東北で起きた地震の津波が、まさか沖縄の先島の石垣にまで「警戒警報」になるとは思いませんでした。しかし宿泊のホテルのロビーにあふれていた本土からのツアー客のおばちゃん集団は、カウンターでホテルの人に必死で「このホテルは津波は大丈夫なのか」と聞いていましたが、それより自分ちを心配した方がいいんじゃないの、と思いました。どこに住んでるか知らんけど。石垣に大津波が来るわけないの、情報をきちんと聞けばわかるじゃん。石垣島への到達時刻、津波の大きさ、ちゃんと繰り返しラジオが言っていましたよ。そういうのを聞かないでひたすらパニックになって、騒ぐのって見苦しいです。ホテルの人も迷惑だと思いますよ。
わが家はこういう災害が近いうちに東京を襲うんじゃないかと予測し、2005年に地震の大きな影響のないと思われる沖縄に引っ越してきたのですが、今のところ本土で予測されているような大震災は沖縄にはないです。しかし、明和の大津波の巨岩を見て、そんなことはありえないんだな、といたく思った次第です。

 大震災でいまだ安否が分からない人が数万人にのぼるそうで、なんとか多くの人が無事で助かることを祈るばかりです。宮城県名取市に住む私たちの知り合いも、やっと無事が確認できてほっとしました。
 震災の惨状をみて「空襲の跡のようだ」と言った人がいたけれど、確かにあの沖縄戦で、「鉄の暴風」に見舞われ、県民の4人に1人が犠牲になり、地形も変わるほどの惨状だった沖縄も、ある意味で大震災の被災地と同じような状態だっただろう、と思いをはせました。
 みんなで救援の手を差し伸べていかなければいけないですね。
  

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