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2011年5月18日 (水)

月桃の花が咲いた

 月桃(ゲットウ)の花が咲いた。沖縄はいま、梅雨の真っ最中だ。その中で、白い清楚な花が、あちこちで花を咲かせている。沖縄では、サンニンと呼ばれている。014  熱帯から亜熱帯のアジアに分布する花だ。ショウガ科ハナショウガ属だという。日本では、沖縄から九州南部に咲く。下の写真が、花開く前の蕾である。もうすぐ、黄色い包みが割れて、花が開くだろう。月桃は、5,6月に花を咲かせ、9,10月には赤い実をつける。
 葉っぱは、とても長くて広いので、餅粉を練ったムーチー(餅)を葉に包んで蒸して食べる。旧暦12月8日、ムーチーの日には、スーパーでも、ムーチーの材料とともに、月桃の葉を束にして売っている。防虫効果や消臭効果もある。芳香剤やお茶にも利用される。葉からとった油で、アロマオイルや香料としても使用される。とても、身近で親しまれる花と葉っぱである。ちょっとして草が茂っているところ、樹木が生えているところなど、よく月桃は育っている。

 016  でも、この清楚な花には、悲しい思い出が付きまとう。というのは、月桃の花が咲く季節は、66年前に沖縄で地上戦がもっとも激しくなり、住民が艦砲射撃や砲弾の「鉄の雨」の中を逃げまどい、たくさんの肉親や友人、学友らを亡くした時期だからだ。
 日本兵による虐殺や集団自決を強いられる悲劇も数々生まれた。月桃の花を見ると、どうしても、あの悲惨を極めた戦争、地獄のような苦しみ、悲しみがよみがえってくるという人が少なくない。生きるために人間が鬼と化した思い出したくない記憶もある。
 沖縄戦の体験記など読んでいても、かならず月桃の花がいろんな場面で出てくる。そういうことを聞いているナイチャーも、月桃の花を見ると、「ああ、美しい花だなあ」というだけではすまない。沖縄戦の惨状に思いを致す。
     015_2  沖縄戦終結50周年を記念して作られた映画に「月桃の花ーGAМA」がある。戦争を生き延びた女性と娘との秘められた過去をさかのぼり、沖縄戦の実相を描いた優れた作品だ。映画の総入歌に「月桃」がある。音楽を通して平和を訴える海勢頭豊(ウミセドユタカ)氏の作品である。ブログにアップしてある「戦世と平和の沖縄島唄」でも取り上げたが、もう一度歌詞を少し紹介しておきたい。
「♪摩文仁の丘の祈り歌に 夏の真昼は青い空 誓いの言葉 今も新たなふるさとの夏」 
「♪海はまぶしくキャン(喜屋武)の岬に 寄せる波は変わらねど 変わるはてない 浮世の情け ふるさとの夏」
「♪6月23日待たず 月桃の花散りました 長い長い煙たなびく ふるさとの夏」
「♪香れよ香れ月桃の夏 永久に咲く身の花心 変わらぬ命 変わらぬ心」

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コメント

月桃の花は美しいあまり、66年前の惨劇をだぶらせるとつい「悲劇の花」といいたくなってしまいます。月桃の花も沖縄県民にとても愛されている花ですね。そういえば私は夜の洗顔には「月桃石けん」をつかっいて、買い置きしてあるのもすべてメーカーは違うけど月桃石けんですよ。とても泡立ちがよく汚れが取れます。
映画「GAMA~月桃の花」は、実話をもとにしてますよね。そろそろ来月あたり魂ぱくの塔に慰霊に行きたいですね。もう66年・・・。まだ66年・・・。あまりにも多くの犠牲と惨禍をくぐって生き延びた戦争体験者のもつ苦しみを思うと、胸がつまります。

 月桃はいろんな用途があるんですね。梅雨のうっとおしい時に、可憐な花をいたるところで咲かせてるので、あの戦争中もどこに逃げても月桃の花があったんでしょう。月桃の花が悲劇の記憶として染みついているのは、月桃とってには不幸なことかもしれない。むしろ、もうあんな戦争を繰り返してはならないという平和の花として見たい気がします。
 6月になれば、犠牲者の追悼に行きましょう。

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