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2011年7月24日 (日)

門(ぢょう)という奇妙な言葉

 沖縄で使われる不思議な言葉の一つに「門」がある。「もん」と読むなら普通だが「ぢょう」と読むからややこしい。民謡でも「西武門節」(にしんぢょうぶし)、「門(ぢょう)たんかー」などの名曲がある。でも、なんで「門」が「ぢょう」なのかよくわからない。
 西武門節は、辻の遊郭に遊びにきた首里の士族と遊女が西武門で別れる情景を歌っている。「♪さあ行くよ、愛しい彼女よ 待って下さいあなた 西武門まではお供し送りますから」と歌い出す。「門たんかー」は別名「具志川小唄」と呼ばれる。「♪門の真向かいに 美しい若者がいる でも恋は七軒、八軒越えて縁を結ぶものだよ」と歌い出す。132          辻の伝統行事の「旧二十日正月」で行われる「ジュリ馬」

 「川平節」でも、男が遊女に「♪笠に顔を隠して忍んで来るばかり 御門に出てきて下さい 思いを語り合いたい」と歌う。これらの民謡はいずれも恋歌である。

 ところで、沖縄学の父といわれる伊波普猷さんの著作に、「門=ぢょう」について調べた論考があった。結論からいえば、「門(ぢょう)」とは、最初から家の門とかを意味するものではなかった。そういえば、沖縄では大和のお寺の門のような家の門はあまり見かけない。赤瓦の古い民家は、入口は門というより、衝立のようなヒンプンがある。

 伊波さんは言う。「一言以て之を蔽へば、最初『原野』を意味したヂョーが、漸次『大通り』『門前の通り』の義に転じて、遂に『門』に縮用されるに至った」(伊波普猷全集第4巻「フカダチ考」)。

 伊波さんがこれを考察するきっかけは、沖縄語の「門」を意味するヂョーという語が、喜界島の方言では「門前の道路」の意味になっていることに注目したという。沖縄では、いま「門、ヂョー」といえば、文字通り「門」のことだと思われているが、そうではないとのこと。はじめは原野のことを意味し、それが次第に大通りや門前の通りの意味に転じて、そしていまは門のことを指すようになったという。

 例えば、首里城の守礼門に上る「綾門」(あやじょう)や那覇市の「久米村大門」(くにんだおほぢょう)のような大通りの固有名詞になっている。守礼門と中山門という二つの門の間にある大道だから綾門といった。のちに「綾門大道」(あやじょうおふみち)と呼ばれたが、「それはヂョーの原義(注・門前の通りの意味)が忘れられて、綾門に余計な大道を附けた」ためだと指摘している。

 そういえば、「川平節」の歌詞にある「御門に出ぢみそり」というのは「ご門を出てきて下さい」というよりは「通りに出てきて下さい」という方が、意味が通じる。「門たんかー」も、「門の真向かい」というより、「通りの真向かい」と解釈する方がしっくりくるかもしれない。「七門、八門越ちん縁どぅ選ぶ」とも言って、門を家の門の意味で使っているので、この曲では家の門の義だろう。

 「久米村大門」は、中国から渡来した人たちが住んだ久米村を東西に二分する久米村大通りのこと。かつて大通りの両入り口に関門が設けられたため、古くは久米の大通りの意味を有していた大門の名称は、後世この大通りの南の入り口の名にされ、北の入り口を西武門(にしんじょう)と呼ぶようになったという。沖縄では北のことを「にし」と読むので、「西武門」とは「北の門の義」だという。005         久米大通りを通る「なんみん祭」の神輿行列。文章とは関係ない。

 この西武門はちょうど、遊郭の辻への入り口にあたったため、遊女と士族の別れの場所にもなったのである。

 「門、ぢょう」が、大通りや門前の通りを意味する言葉であったことは分かったが、では、なぜ「門」を「ぢょう」と呼ぶのかについてはやはりよく分からない。徳川時代に、表と奥の界に設けた出入り口を「御錠口」(おぢょうぐち)を呼んだそうで、「錠」が転じて「門」になったのかな、と思ったが、伊波さんはそうではないと述べている。

 でも「門」という字は、その象形からして家の門をイメージしてしまう。「門」には本来「ぢょう」の読み方はないだろう。原野や通りを意味する「ぢょう」はもともと別の漢字だったのが、いつの間にか「門」の字があてられるようになったのではないのか、依然として疑問が残る。

 

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コメント

「門」=ヂョウと表すのがなんかしっくりしないです。普通「ジョウ」ですよね。沖縄語学の「父」でもある伊波さんが「ヂョウ」というのなら、そのこともなんらかの考えがあるのではないでしょうか。「西武門」は最初に「西武門節」を覚えた時、「西武門」という言葉は知っていましたが、「北」にある場所だとは思いませんでした。でも北にあるんだったら「いりんじょうぶし」になるんじゃないでしょうか。門も通りのことだとは思いませんでした。でもなぜ通りのことが門に発展したんでしょうね。他の表現はいくらでもあるような気がしますが。そういえば民俗学の波平先生の授業で沖縄の人の「屋号」の特長について教わったとき、「沖縄の人は屋号に北と西はつけない。民俗学の分析によれば、北と西は不吉な方角、劣位の方角だからです」と言ってました。言葉として「西」「北」はあまりつけないんですかね~。

 門はおっしゃる通り、普通は「じょう」でいいと思います。ここでは伊波先生に合わせました。「北」は「にし」と読むから、「北の門」の意味なら「北武門」と表記すべきでしょうね。なぜか「北」は使いたがらない。「西原町」も、首里の北にあるから本来「北原(にしはら)」と書くべきところを「にし」を「西」に直しています。東(あがり)、南(ふぇー)の字は直さないのに、「北」は直すというのは、やはり波平先生の言うような「不吉な方角」という考えがあるのでしょう。ただ「西」も不吉な方角に入っているんだけれど、とくに「北」を嫌ったのでしょうね。これは太陽信仰と関係あるかもね。ティダ(太陽)が昇る東や南の方角を崇め、ティダが沈む西や北を嫌ったのでしょうか。

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