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2011年7月18日 (月)

徳之島と宮古島をつなぐもの

 NHKテレビで徳之島の高校に闘牛研究会があることを紹介していた。闘牛の場面が出てきたが、そこで「ワイド節」という民謡が歌われていた。「ワイドワイドワイド 我ぎゃ牛ワイド全島一ワイド」というように歌う。闘牛のさいも「ワイド、ワイド」と盛んに叫ぶ。「わっしょい、よくやった」というような意味があるという。

 この「ワイド」という言葉は、沖縄にもある。ただし宮古方言である。宮古では「頑張れ、頑張れ」というような意味で使う。宮古の人は「ワイドワイド」とよく使う。写真の宮古出身の民謡歌手hiraraさんも使う(写真は09年の真和志祭りに出演した時のもの)。
 徳之島とは少し意味あいが違うようだ。でも語源的には共通のものではないだろうか。

 でもなぜ、本島では使わない言葉が、本島を飛び越して、徳之島と宮古島だけで使うのだろうか。不思議である。その理由はよくわからない。029

 一方、民謡では「六調(ロクチョウ)」と呼ばれる音楽が奄美諸島にある。三味線や太鼓で激しくリズムを奏で、踊る。奄美では結婚式や祝い事ではかならずこの六調節で、みんなが踊るそうだ。沖縄でいえば、カチャーシーのような存在である。でもカチャーシーとは明らかに違う。
 ところが、この六調は、沖縄本島にはないのに、なぜか八重山にある。八重山で、踊りといえば、カチャーシーではなく、六調になる。

 三線の三弦を上下に往復させて弾き鳴らすことから、この名前がついていると聞いた。これも、なぜ本島や宮古島にはなく、奄美と八重山にだけあるのだろうか。宮古島は「クイチャー」という声を合わせて歌い踊るリズムがある。宮古はクイチャー、本島はカチャーシーがあるから、六調を必要としなかったのだろうか。これも不思議である。

 この六調は、実は徳島県の阿波踊りととても似ている。なにか共通点があるのか。確かに響きは大和的な感じがある。明治の初めに奄美や八重山に伝わったという人もいる。たしかなことは、私にはわからない。

 ただし、民謡や踊り、それに言語にしても、伝わり方は一様ではない。琉球弧の島々があるから、島づたいに順番に伝わるというものでもない。伝わるということは、伝えた人がいるということである。なんらかの理由で芸能や言葉を持った人が、移ってきて伝えたとか、交流があったとか、考えられる。

 なにしろ、琉球弧の島々や九州も、海でつながっている。黒潮が流れている。昔から航海があった。そこには人々の交流があった。文化や言葉も伝わった歴史がある。伝わり方が、島づたいではなく、飛び越す形で伝わっても少しも不思議ではない。

 いまでも、阿波踊りは、東京の高円寺で盛んに踊られている。エイサーも新宿で踊られる。高知のよさこい節は、北海道でソーラン節と結びつき、「よさこいソーラン祭り」として盛りあがっている。

 関係ないけれど、宮古島、石垣島では、鉄人レースといわれるトライアスロン大会が名物になっているが、徳之島でも盛んである。でも沖縄本島にはない。そんな共通点もある。

 芸能や言葉も日々、新しく生れ、発展し、いろんなところに広がっていることは確かである。

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コメント

rbciラジオで「ファイティング闘牛」という番組がありますね。そのパーソナリティーで自分も闘牛をやっているうるま市の伊波大志君は、よく徳之島の闘牛観戦に行っているみたいですよ。彼のブログは闘牛満載です。「なぜ徳之島に宮古の『ワイド』が使われてるの?」って書き込みしてみたらどうでしょう。この間徳之島の闘牛のテレビを私も見たけど、「ワイド節」を聞いて、宮古のワイドの「頑張れ」という意味よりもっと広い意味を持ってつかわれている感じがしました。頑張れということと、祝いの場を盛り上げるというか、「楽しいぞ!」「うれしいぞ!」というような、喜びの感情です。
それと踊りもカチャーシーとは全然違いましたね。たしかに阿波踊りの方が近いかも。八重山ではカチャーシー踊らないんですね。そういえば本島でも、大宜味のウンジャミなんか見ると、独特な踊りしますよね。女性たちが海に腰までつかって踊る踊りは。地域によって言葉も踊りも違うのが沖縄の民俗ですね。

徳之島の「ワイド」の意味はそういう感じですね。「やった!よくやった、強いぞ」、と喜びの感情のようです。言葉は、伝わっていくと、意味が転じていくことがあるので、語源は同じでも使われ方が違うのでしょう。宮古から徳之島に伝わるととは考えにくいので、徳之島の「ワイド」が宮古島に伝わったのでしょうか。でも闘牛は宮古にはないですね。本島の中部、北部は盛んですけれど。
 ウンジャミは古くからの祭祀なので、ウスデーク(臼太鼓)ですね。
六調は、ユーチューブで見られるので、見たことのない人は一度見てほしいですね。

きょうのブログを斜め読み(失礼)したとたん、なんとなくピッピッと来ました。なぜかは分かりません。最後の『「ユーチューブ」でも聞けます』が気に入ったのかな。早速、聞いてみました。
「あれっ? 阿波踊りと鹿児島小原節のアイノ子じゃわいな」と、思いました。
プログをもう一度読み直すと阿波踊りとの関係は書いてありました。納得。
では鹿児島小原節との関係は?
民謡にド素人の私には分かりません。ただそういう疑問が湧くと、持ち前の好奇心がムクムクとかま首をもちあげてきます。
どういう関係なのでしょうね。分かりましたらご教授ください。

みやぎのつぶやきさん。コメントありがとうございます。
 鹿児島小原節は、ユーチューブで唄と踊りを見ると、よく知っている唄ですが、踊りもリズムも典型的な盆踊りのですね。炭坑節なんかと同系列でしょう。奄美と八重山の六調は「チャンカチャンカ チャンカチャンカ」と激しいリズムで踊るので、私の印象では、相互の影響した関係はないと思います。
 ただ、鹿児島小原節の由来をネットで見ると、日向安久(宮崎県都城市)の安久節を起源とする説が有力だそうです。
 400年前に薩摩が琉球を侵攻した際、日向安久の郷士が陣中で士気を鼓舞するため歌った唄を「原良」の郷士たちが帰国後に歌詞を作って歌ったといいます。それが後に鹿児島一帯に広がり、「小」を付けて「小原良節」と呼ぶようになったとか。さらに、鹿児島出身の新橋の芸者、喜代三がレコード化(中山晋平作曲)してヒットしたとのこと。
 思わぬところで琉球とのかかわりが出てきます。士気を鼓舞したということだと、原曲はもっと威勢のよい唄かもしれません。

なるほどガッテン!
「六調」には、さまざまなドラマというか歴史の流れが入っているのですね。
いつかもし私の関心が琉球や南の島々の歴史や風土に向かったときは、そのあたりのことを調べたいですね。
でもそれは「私がもしも南に土着したならば」という「夢」の話ですが…。

民謡もいろんな各地の音楽が伝わり、影響を及ぼし、変貌し、発展していっているので、調べていくと面白いことがいろいろあるようです。「一九の春」ももとは与論小唄だというし、与論小唄の前は九州の炭鉱で歌われていた曲が源流だという。沖縄の「口説」(くどち)ももとは大和から伝わったものだと思います。もっと分かれば、別途ブログに書きたいですね。

はじめまして。
徳島で郷土史の海に浮かんで楽しんでいる者です。
このたび、阿波踊りと沖縄民謡の関係を調べていて、貴サイトに出会いました。

貴文を少し引用させていただいています。
お目通しの上、もし間違いや問題がありましたらお知らせください。
すぐに修正・削除させていただきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/senkoin2002/31006866.html

よろしくお願いします。
不二

千光院 在神
徳島県阿波市土成町字山の神

 千光院 在神さん、コメントありがとうございました。
 拙文でよければどうぞ利用してください。阿波踊りと六調、奄美、カチャーシーなどとの関係については、民謡研究者の仲宗根幸市さん(亡くなられた)が関心をもって調べています。『カチャーシーどーい 黒潮文化と乱舞の帯』『しまうたを追いかけて』という著書を出されています。明確な関連性は証明できないけれど、いずれも「乱舞」の共通性を見出して、まとめておられますよ。
 六調については、大和的な音階であり、本土から奄美・八重山に伝わったのではないかと私は感じています。
 映画「スケッチ・オブ・ミャーク」は私も見ました。私のブログにもアップしておきました。宮古島の民俗・文化をしるうえでとてもいい映画でした。

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