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2011年7月 9日 (土)

小禄の具志を歩く、その2

048 小禄(オロク)の具志(グシ)回りは、由緒ある史跡があった。「火立所」、俗に「火立毛」(フィータティモー)と呼ばれた。
 これは琉球王国の時代、中国からの進貢船の帰港、皇帝の勅使が乗った冊封船や異国船が来航した時、いち早く首里王府へ伝えるための烽火台跡である。

 1644年、沖縄本島と周辺の離島、八重山・宮古諸島に烽火をあげる火立竈、遠見番所が設置された。火立所では、付近の百姓が3交替で見張り役を務めた。なぜこの具志の地なのか。地図を見ればよく分かる。

 下の写真の地図でみるように、本島でも具志は慶良間諸島とはもっとも近い場所にある。だからこの地で、慶良間諸島からの烽火を受けた。受けるとすぐ首里へ知らせるとともに、早馬を出して那覇の親見世(那覇の行政を司る役所)へ報告した。

 沖縄戦のあと、周辺は米軍基地として接収され、1972年の日本復帰とともに航空自衛隊に継続使用されたが、1976年に一部地域が返還された。そして区画整理によって街区として整備されたという。
 具志が米軍基地として接収されたことは、知っていたが、この周辺が返還された地域と知らずに、見ていた。道理で具志うたきなどある場所は、昔からのスージグヮー(細い道)の集落だが、火立所跡のある周辺は、整備された住宅地になっているだずだ。火立所跡の案内板は、なんとライオンズマンションの玄関口に立っている。047_2

051_2                                                                    次いで行ったのが、原石(ハルイシ)と呼ばれる石がある場所だ。これは、琉球王府の時代に、測量をするときに使った図根点だと聞く。いまなら三角点のようなものだろうか。

 原石は、前に字小禄を歩いた時も、いくつもあると聞いたが、何回歩いても分からなかった。見つけにくい。

 今回も、案内の図を見て探したが、わからない。ところが、連れ合いがこんもり土が盛り上がった松の木の根元にあるのを見つけた。やっと探せた。

 「ふくし」という字が見える。何を意味しているのかは分からない。
 

 ついでに、具志を歩いていると、面白いシーサーなどに出合う。003 シーサーは、家の守ってくれる。

 この写真は、シーサーが珍しいのではなく、石敢当がやけに小さく、しかもシーサーと並んで立っているのが珍しい。石敢当は、魔物は直進してくるので、三叉路には必ず魔除けとして立てられている。

 門に置かれるシーサーは、普通左右1頭ずつだが、このお家は贅沢にも左右2頭ずつ置かれ、合計4頭が門の上にデーンと鎮座している。とても表情も可愛い。039

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 さらに歩いていると、がじゅまるらしき木が壁と一体化した家に行きあたった。036 壁の中にがじゅまるがめり込んでいく感じである。スゴイ!。まあまだ面白いところがいっぱいあるが際限ない。
 具志の軍用地接収のをめぐる話を書いておきたいが長いのでこれも次にしようね。

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コメント

「火立毛」は、竹富島の世持御嶽に小城盛という王府時代の火番所があって、こんもりとした石積みになっていて、その上で烽火をあげたというのがよくわかったので、具志の「火立毛」も小高い丘の上にあると思って探していました。
 ところが平たんな場所でマンション入り口に「跡地」としてだけ看板が出ていたので、あの一帯自体が高い場所だったのか、あるいは平地でも当時は家や高層建築物がなくて、渡嘉敷などからよく見えた場所だったんでしょうね。
 ハルイシは旧小禄を歩いた時も地図に載っていて、探したけど結局みつかりませんでした。小禄のあたりはハルイシが多いんですかね。
 しかしなんであんなにわかりづらい所にあるんだ!しかもその意味するところがわからんとは、具志の理解が深まった感じがしない。

竹富島の火番所を思い出しました。普通小高い場所ですよね。それにしても、先島から久米島、慶良間諸島と相当離れているのに、当時の通信手段としては、これが最速ですね。ただ、具志でも百姓が3交替で見張ったというので、百姓の負担で成り立っていたわけです。
この具志の火立毛のある場所は、平地のようですが、でも西海岸から見ると、小高くなった所にあり、慶良間諸島はよく見えたでしょう。
 原石は小禄だけでなく、あるはずですが、沖縄戦や宅地開発などで、もうなくなったところがかなりあるのじゃないですか。拝所ではないので、守り通す必要もなかっただろうし。でもあの原石の文字は何を意味しているのかなあ?

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