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2011年8月18日 (木)

八重山の教科書めぐる危うい動き

 八重山の石垣市、竹富町、与那国町の来年度から中学校で使用する教科書をめぐり危うい動きが進んでいる。各地で問題になっている「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版、自由社版の歴史・公民教科書を採択しようとする策謀である。

 というのは、教科書用図書八重山採択地区協議会で、会長の玉津博克石垣市教育長が、現場教員ら調査員による推薦教科書の「順位付」を廃止したり、委員を差し替え氏名も協議会も非公開で、採択は無記名投票制にするなど、これまでの民主的なルールを改変したからだ。

 この種のルール改変は、つくる会系の教科書採択のための常とう手段となっている。実際に、玉津氏は、つくる会系の教科書について「文科省の検定を通っているから問題ない」と語っている。文科省の検定自体が大問題なのだ。408          石垣でも戦争マラリアで三千人以上の犠牲者が出た

  2社の教科書は、沖縄戦について重大な内容の記述になっている。日本軍の強制・関与によって、多数の県民が「集団自決」に追い込まれ、無惨な死を遂げた。この史実を、2社の教科書は、日本軍の強制はおろか、関与さえまったくふれない。米軍の「上陸」「猛攻」によって、住民が集団自決に追い込まれたとして、その責任をすべて米軍に負わせる内容である。いかに米軍の猛攻があっても、投降すれば命は助かった。だが実際には日本軍は投降を絶対に許さず、集団自決を強いた。投降しようとしたり、それを呼びかけただけで、何人が虐殺されたことか。日本軍がいない離島では自決がなかったことでも、日本軍の責任は証明されている。

 集団自決が日本軍の強制・関与によることを教科書に正確に記述せよというのは、2007年9月29日の県民大会に示された県民の総意である。玉津氏は、「県民感情は理解できるが歴史的事実は別問題」とのべているが、日本軍の強制・関与は「県民感情」ではなく厳然とした「史実」である。別ではなく同じ問題である。

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 石垣市の中山義隆市長は、集団自決の軍命があったかどうかだけの議論ではなく、教科書の全体内容をみて判断を、とのべている。その2社の教科書「全体内容」が大問題であり、歴史の真実を歪める内容である。
 なにより、あの無謀な侵略の戦争を「自存自衛」の戦争だったとか、「アジアの解放の戦争」だったと美化するとんでもない教科書である。戦後、日本が国際社会の一員として出発する大前提を土台から覆すものである。こんな教科書で教育されれば、再び「自存自衛」のため、「アジアの解放」のためという虚妄の名目で海外への出兵、戦争に駆り出されかねない。

 ましてや沖縄は、無謀な戦争の結果、県民の4人に1人が犠牲になるという凄惨な戦場とされた。沖縄戦の痛苦の体験からしても、侵略の戦争を美化することは、絶対にあってはならない。八重山では、日本軍が住民をマラリア危険地域に強制移住させ、数千人が犠牲になった。あの戦争が正義のためとなれば、戦争マラリアも「やむをえない」とされるだろう。

 もしも、八重山でこんな沖縄戦を歪め、戦争を美化する教科書の採択を許せば、「沖縄の恥をさらすことになる」という声が出ている。沖縄から誤ったメッセージを発信することにもなる。取り返しのつかない禍根を残すことになるだろう。

363         戦争の放棄をうたった憲法の第9条の立派な碑が石垣市内にある

 八重山での教科書採択をめぐる協議会の異常な動きに、県教育委員会も異例の指導、助言をした。この事態を憂慮して「沖縄戦の実相を正しく記述した教科書の採択を」などの声明、アピールが、幅広い人たち、団体から相次ぎ出されている。良識ある採択がされることを切に期待したい。

 

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コメント

「つくる会」系の歴史教科書採択の動きがなぜ沖縄の八重山で起きたのか。八重山までつくる会の触手が伸びていることに戦慄を覚えます。先島の自衛隊配備の動きと関係しているのでしょうか。「集団自決」に「軍命があった」とする歴史教科書を、県民は拒否する、ということは11万6千人が集った県民大会でしめされた総意です。八重山でも大会が開かれたではないですか。そのときと県民の思いが変化したわけではないはず。沖縄の子どもたちに沖縄戦の正しい実相を教えない、ということはなんとしても阻止しなければなりません。こんな県民分断になるような動き、絶対裏で手を引いてる輩がいますよ。

 先島への自衛隊配備と関係があるでしょうね。なにより昨年、大浜革新市政から、右派的な言動をしている中山市長に代わったことが、今回の問題の始まりでしょう。つくる会系の教科書採択のためには、採択ルールを覆すことが必要だから、そのための人的な配置を進めたわけですから。
 無謀な戦争の最大の被害地域である沖縄で、県民の総意に背を向けて、沖縄戦の実相を歪める教科書を採択すれば、県民への背信行為であり重大な汚点を残すことになる。許されないことでしょう。
 つくる会系の教科書採択を狙う勢力は、狙いを定めて、市政交代をチャンスと見て策謀を巡らしているでしょうね。

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