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2011年8月 8日 (月)

大漁唄がない沖縄の不思議、その4

 琉球王府の時代、糸満以外には漁業はなかったというけれど、日本の漁業の歩みどうだったのか、どんな大漁唄のあるのだろうか。大和ではいくつかの種類の大漁唄や漁業にまつわる歌がたくさんあった。。
 これに比べ琉球では、漁業は抑え「勧農政策」をとったので、年貢の基本は米、粟、上布などだった。といっても、役所と役人が必要とする魚など海産物を租税として納入させていた。八重山の新城島では、ジュゴンが人頭税として王府に納められたという。

 さて糸満ではなぜ漁業は発展したのだろうか。琉球は中国に朝貢し、中国貿易を認められ、交易で栄えていたが、その重要な輸出品に海産物がある。糸満はその産地だった。糸満で漁業が盛んだったのは、王府の中国貿易とのかかわりがあるのではないだろうか。

 漁業の盛んな糸満には大漁唄があるのか、どんな歌があるのだろうかを見る。
最後の第4回はそんな内容である。

           写真は、2010年の糸満ハーレー038 「tairyou04.doc」をダウンロード

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コメント

ようやく見つけたレキオ島唄!

hakoさんへ、ようやくブログ・レキオ島唄を見つけてくれてありがとうございます。島唄話をいろいろアップしてあります。沖縄の民俗や史跡めぐりや歴史にかかわる話もあります。よかったらちょくちょくのぞいてみて下さい。

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