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2011年8月29日 (月)

沖縄の昔話には魚がよく登場する、その2

 魚と漁師が登場する沖縄の昔話の続きである。
 「魚の縁談」
 ニバリャ魚(めばる)がピャイ魚に「嫁を世話してくれ」と頼むと、ピャイ魚はピイフキャ魚(さより)に話をもちかけ、ピイフキャ魚は承諾する。ニバリャ魚はピイフキャ魚の顔を見ると「こんな口の長い女を妻にするのか」と言い、ピイフキャ魚は「なんて大きな口だ。いくら働いても食べ物が足りない」と言ってケンカをはじめる。ピャイ魚は「夫婦にならないうちに夫婦ケンカをはじめた」と笑いすぎて、岩にぶつかり、上の唇を折る。それでピャイ魚は上の唇が折れて、いまでも下の唇より短くなっている。
 宮古島の城辺ほかの地域にある。

 「ヒラメのいわれ」
 神々が集まっていろんな動物を作る相談をしていたときに、一人の神が戯れに、1匹の魚で2匹の魚を作ろうとした。骨が付いている半身の魚がヒラメになり、肉だけの半身でサンゴに巻き付き目のない方が海牛(ウミウシ)になった。
 竹富町などにある昔話である。

 「猿の生肝」
 龍宮の王が病気になり、医者が陸の猿の生肝を食べれば治ると言うので、陸に上がれるタコに役目を頼んだ。タコは引き受けるが怠け者なので、行こうとしない。次に亀に頼むと、亀は出かけて、浜辺で遊ぶ猿に「龍宮に招待したい」と声をかけ、背中に乗せて運んだ。生肝を取ると知った猿は、肝は陸に忘れてきたと引き帰らせた。猿は大きな石を亀の背中にぶつけたので、亀の背中にはいまでもひびが入っている。
 石垣市登野城ほか各地に同じような話がある。

 「羽衣」
 群星の一番上の姉の天女が、海の近くの泉に降りてきて、水を浴びていると、漁師が羽衣を隠してしまった。天女は仕方なく漁師の妻になった。
 羽衣伝説は県内でも各地にある。075          豊漁を祈願する平安座島のサングヮチャー

 まだまだあるがきりがないので終わりにする。
 民謡には、魚を題材にしたり大漁を願う唄が少ない。それは、「大漁唄がない沖縄の不思議」で書いた。つまり、琉球王府の時代、「勧農政策」で漁業より農業を重視したこと。年貢は、米や粟、貢布などが基本であり、庶民にとっては、作る農作物の豊作と年貢を完納すること、五穀豊穣と平和で幸せな世の中である「世果報(ユガフウ)」「ミルク世(弥勒世)」がなによりの願いだったこと。漁業を専業とする糸満でも、漁業の形態から作業歌は成立しにくいことなど、その要因だと思う。
 民謡は、時代を生きる庶民の日々の暮らしの中での喜びや楽しみ、辛いことや悲しいこと、心の中でわき起こる思いと願いを歌に込めたものである。

 これに対して、昔話や民話も、庶民の生活の中での願いや希望が込められている。そこには、民謡と重なる部分もあるだろう。
 魚や漁師を題材にした昔話が多いということは、漁業を専業とはしていなくても、海に囲まれ、自給自足の生活の助けにするうえで、日常的に魚を獲り食べてきた暮らしがあったことを物語る。農業重視の政策があっても、日々の暮らしで身近な海と魚と漁師は、昔話のテーマになりやすかったのだろう。

 それと、民謡で歌われる豊作や世果報などは、庶民の生存にかかわる真剣な願望である。もし、凶作や災害に見舞われれば、飢餓にも見舞われかねないからである。
 昔話は、同じような願いを反映していても、もっと自由に夢と希望を託すことができたのではないだろうか。民謡の歌詞は、より現実に深く根差した内容が多い。でも民話や昔話は、現実の投影があるけれど、もっと自由でファンタスチックな内容があるからだ。魚と漁師にまつわる昔話を紹介しながら、そんな印象を持った。

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コメント

まさに昔話はファンタジーの世界ですね。「ひらめのいわれ」なんて、片方が海牛だなんておかしいですよ。ファンタジーじゃなきゃ生れないフィクションですよね。だって本物の海牛って、大きさは親指の先ほどしかない大きさで、背びれも尾びれもなく、体全体がヒラヒラ動いて移動するという、魚とは似ても似つかぬものですよ。でも色が鮮やかで種類が豊富なので、海牛はダイバーの人気者です。たいてい、サンゴの近くでヒラヒラしてるんだけど、小さすぎて発見できない。ガイドがいち早く発見して、お客のダイバーを呼ぶんですよ。亀の甲羅の話もおもしろいです。こういう話を考えた人って当時「ファンタジー大賞」があったら、受賞してたんじゃないですか。
 大漁唄がなくても、魚の話はたくさんあってよかったですね。これで民話や昔話にも魚話しがなかったら、レキオアキアキさんは頭を抱えていたんではないでしょうか。
 やっぱり生活と結びついてるのが民謡ですから、世果報や豊年やミルク世を願う唄であるのは仕方ないですよ。漁業が実生活の場ではなかったんですから。

 海牛ってそんなに小さいんですか。1匹の魚からヒラメと海牛ができたと言うから、同じくらいの大きさかな、と思ってました。たぶん、大きさは無視して、骨があるなしでイメージした話じゃないでしょうか。
沖縄の海と魚の昔話は、モノの始まりについての話が多いね。ファンタジー大賞の候補になる話がいくつもあります。浦島太郎と同じ話も沖縄にはいくつもあります。
 昔話は、琉球王府の時代に「勧農政策」がとられる前、漁猟で暮らしていた人たちが結構いた昔に、成立した話も多ので、漁師がよく出てきます。だから、魚や漁師の昔話が多いのが、沖縄らしくて自然ですね。

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