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2011年8月28日 (日)

沖縄の昔話には魚がよく登場する

 沖縄の民謡には大漁唄がない、少ないのが不思議だと前に書いた。でも、民話や昔話には、魚と漁師が登場するものがかなり多い。この違いはなぜなのか? それはまた別に考えるとして、魚と漁師が登場する昔話をいくつか紹介してみたい。

 分厚い『日本昔話通観26沖縄』には、沖縄各地の昔話がたくさん集められている。
 ちなみに、昔話とは、民話の一種で、民衆の生活の中から生れ、民衆によって口承されてきたものだ。主にフィクションとして語られる。これに対し、伝説は、一定の土地の地名や年代など、その所在や背景が示され、登場人物も歴史上の有名な人物やその土地の人物などが好んで示されるので、この点が昔話とは異なるという(ネットの「ウィキペディア」を参考にした)。202       写真は平安座島のサングヮチャーで「タマン」の神輿を担ぐ若者 

 「魚女房」
 昔、一人の若者が海できれいな魚を釣り上げた。あまりにきれいな魚ので、煮て食べるわけにはいかない。家で飼うほうがよいと、カメの中に入れて飼っていた。魚はきれいな女性になり、男と夫婦になった。
 こんな話である。宮古島の上野、池間、石垣島、粟国島、伊良部島などに同様の話があるという。

 「雀酒屋」
 昔、宮古に酒がなかった頃、ある漁師が海へ行き、潮が引くまで待っていると、浜の岩のくぼみに、ぱどぅら(雀)が粟の穂をくわえてきた。岩のくぼみにたまった水を飲むと楽しそうに飛び上がったり、踊ったりしていた。漁師が水溜りに指を入れ、なめてみる。木の葉にすくって飲むといい気持になった。これが泡盛の始まりである。
 こんな話が、宮古島の上野、沖縄本島では、具志川、東風平、読谷その他にある。

010          写真は潮が引いた瀬長島の浜辺

 「人魚と子ども」
 貧乏な子と金持ちの子が釣りに行き、大雨になって帰ろうとすると、金持ちの子が人魚を釣り上げる。「逃がしてやれ」と言うが、承知しない。金持ちの子が帰らないので、貧乏な子が殺したのではないかと疑われる。貧乏な子が「助けてくれ」と呼びかけると、金持ちの子の声が海の中からする。「人魚に引きずり込まれて罰を受けている」と言い、貧乏な子は疑いが晴れる。金持ちの子はその後犬になった。

 「魚知らず」
 金持ちが畑の肥やしにするために、下男に魚をとりにいかせると、下男は赤魚をとってくる。下男が赤魚を腹を開けると、ヒーヒリクーバーが入っていた。下男は、女主人に「慶伊瀬島の魚は夜になると陸のすすきに登って、ヒーヒリクーバーをとって食べる」と言う。女主人は「そんなバカなことがあるか」と言うが、その魚の腹を見せられて信じた。

 「野原で魚とり」
 王様から「魚を何百斤も差し出せ」という命令がきたのでみんなが困っていると、勝連パーマが「私が解決する」と引き受ける。勝連パーマは、王様が通る野原で、びく(魚籠)に魚を1匹入れて網を打っていると、王様が通りかかり、「野原で魚がとれるはずがない」と言う。勝連パーマが「王様の命令を果たすためには、海だけでは間に合わない」と言うと、王様は「海でとれた分だけでよい」と言い、求められて証文を書く。勝連パーマは、魚を1匹だけ持って首里城に行き、証文を出したので、責めることができなかった。
 うるま市の具志川兼箇段(カネカダン)にある話である。

 まだまだある。よく意味がわからない話もある。「魚知らず」の中の「ヒーヒリクーバー」とは何かわからない。辞書によると「ヒーヒラ」とは「よく屁をひる者」、「クーバー」とは「蜘蛛」のこと。だから「よく屁をひる蜘蛛」という意味かも知れない。
 この話で、金持ちが畑の肥やしにするために魚をとりにいかせたというのは、興味がある。昔は、村落の前の海は、農業用の肥料とする海藻をとる場でもあったと「大漁唄がない沖縄の不思議」でも書いたことだった。

 昔話は、教訓話がけっこうある。「人魚と子ども」でも、人魚を大切にする思いが込められているようだ。とんち話として面白いのは、「野原で魚とり」である。無理を強いる王様を勝連パーマのとんちでやりこめる。王府の無理難題に苦しめられた庶民の願望が込められているようだ。

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コメント

お魚の昔話は多様でおもしろいですね。それだけ魚が食卓にのぼっていたという、昔の人の生活の反映じゃないでしょうか?でも「大漁唄がない」というのは、昔話にはたくさん魚話しがあるのに不思議じゃないか、というわけでもないと思いますよ。なぜなら「大漁唄」は労働歌ですよね。食卓にのぼる魚の量など、労働としての漁に行くほどのことでもないでしょう。私は沖縄の漁法が「歌を唄うほどの余裕がある漁法じゃなかった」んだと思いますね。アギヤー漁などの追い込み漁は命がけですから、船上で投網を大勢で巻き上げる、という方法じゃないですから。唄を必要としなかったのが沖縄の漁法だったと思います。
渡嘉敷の阿波連小学校の外壁には色ペンキで阿波連の海に住む熱帯魚がたくさん描かれていますよね。あれを見ると「ここの子どもたちにとって阿波連の魚は友だちなんだな」って思います。だからって阿波連が漁師の街ではないです。でも海は子どもたちの生活に密接なんですね。
昔話は教訓話しが多いですから、身近なものが素材になるんでしょうね。

なるほどね。大漁唄は、労働歌としてはなかなか成立しにくいですね。
民謡の題材には、魚と漁業は少ないけれど、昔話や民話は違う。それはいくぼーさんの言うように、海に囲まれた沖縄は、漁猟を専門にする人がいるかいないかにかかわらず、お魚が日常の暮らしの中にあふれるほどあるから、昔話の題材になるのでしょうね。

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