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2011年8月25日 (木)

地謡は舞台表に出るのが本来の形だった

 組踊(クミウドゥイ)の地謡(ヂウテー)が、幕の後ろにいるのはおかしいのではないか、とさきに書いた。組踊は、歌三線と舞踊と台詞の総合芸能である。「組踊を聴く」というぐらい、歌三線など地謡はとても重要である。

 先日、国立劇場おきなわで観た組踊「執心鐘入」など2つの演目は、いずれも、歌う声と三線の音だけ聞こえるが姿は見えない。それは、組踊は舞台正面に掲げられた大きな幕の前で演じる。地謡はこの幕の後ろに配置されているからだ。
 知り合いのHおじいに「組踊を観に行ったけれど、地謡は幕の後ろにいて見えなかった」と話すと「組踊はそうなんだよ。僕が前に琉球新報ホールで観た時もそうだったよ」という。これが組踊の常識化しているらしい。でもやはり納得がいかない。組踊が影響を受けた大和の能は、地謡が配置された前で演じている。011

 なにより、聴きどころの歌三線など地謡が、幕の後ろでは客席から遠くなりすぎるし、薄い幕でも、せっかくの歌三線の音色をさえぎることになる。組踊は、中国皇帝の使者である冊封使(サッポウシ)を歓待するための芸能であり、1719年に初めて上演された。この時から、こういうおかしな配置がされたのだろうか、疑問に思った。どうもそうではないらしい。

 矢野輝雄著『組踊への招待』で、次のように記述されている。
 地謡が幕の後ろで演奏したのは、伊波普猷(イハフユウ)によれば「いつの頃からか、幕の中に這入るやうになって近年にいたった」とある。徐葆光(ジョホコウ、冊封使)『中山伝信録』の挿絵も地謡は能のように舞台に出ており、玉城朝薫(タマグスクチョウクン)の躍奉行をつとめたときは、地謡が小道具を踊り手に渡すなど後見をも兼ねていることがうかがわれる。その意味からも地謡は舞台に出る形が本来の形といえよう。2       幕の前で演じ、地謡は幕の後ろで演奏する。冊子『はじめての組踊』から。

 このように述べている。なぜ、いつから幕の後ろに隠れる配置になったのだろうか。同書は山内盛彬(ヤマウチセイヒン)氏の見解を紹介している。
 「山内盛彬は、知念績高(チネンセッコウ、琉球古典の音楽家)がミーハギー(ただれ目)であったため、見苦しいからと幕の後ろで演奏したと書いている」としながらも、同時に「これには戌の冠船(1838年の冊封使)のときとしているので時代があわない」と疑問を呈している。真相はよくわからない。
 ただし、山内さんの説は、ひとつのきっかけとしてはありうる話のように思う。知念績高が亡くなっても、いつの間にかそれが慣例化していったのだろうか。それに加えて、舞台上の演技の効果をあげるために、地謡は舞台の表に出なくてもよいと考えたのかもしれない。
 しかし、前に書いたように、組踊の素人にすぎないが、地謡を聞くことは組踊を楽しむ重要な要素である。地謡を最大限に客席からよく聞こえるようにするためにも、幕の後ろで演奏するのはやめてほしい。琉球王府時代の本来の形に戻すことに、何の抵抗があるだろうか。

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コメント

組踊の生みの親、玉城朝薫は何度も江戸に上った際、能などを見て参考にしているんですよね。普通に考えたら地謡が幕に隠れる、というのはおかしいと思います。同じ舞台にいて当然というか、地謡も含めて組踊の舞台だと思いますね。
 この間見た「執心鐘入」「さかさま執心鐘入」の演者、地謡は若い世代でした。振付も演出も研究され発展しているようですから、古典であるとはいえ、舞台の在り方も変わっていくのではないでしょうか。それが歴史の弁証法ですからね。守るべきものと、よきものは積極的に取り入れていく、ということと。
 地謡の音がよく聞こえず舞台効果を下げているという声が多くなれば、考える対象になっていくことでしょう。地謡の方で国宝に認定された方がいたんでは?そうなればもっとスポットライトがあたってもいいと思いますよ。

 組踊が初めて公演された時、中国からきた徐葆光がその模様を描いた挿絵を見たけれど、地謡は堂々と舞台に出て演奏しています。これが本来です。
 大和の能で、地謡は幕の後ろに隠れろ、と言ったら「何をバカなことを」と怒られるでしょう。本来の形と違っても、慣れるとそれが伝統のように錯覚する。演出家は、地謡が幕の前に出ると、演技の邪魔のようにみるでしょうね。地謡など組踊を演ずる人から声が出ないといけないでしょう。

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