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2011年9月13日 (火)

首里城で組踊「花売りの縁」を観る

 首里城での「中秋の宴」では、琉球舞踊と人間国宝の歌と踊りに続いて、組踊「花売りの縁」が上演された。高宮城親雲上(たかみやぎぺーちん)の作といわれる。組踊は、敵討ち物が多い中で、唯一の世話物だと聞く。初めて見る組踊だ。

013_3 パンフレットにストーリーが出ている。首里の下級武士である森川の子(しー、士族の位階)は、不幸続きで生計が成り立たず妻と子を残して山原(やんばる)に働きに行く。残った妻の乙樽(うとぅだる)は貴族の家に乳母として召抱えられ、子どもの鶴松を育てる。

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 12年の歳月がたち、主家のおか077 げで暮らしが楽になった乙樽は鶴松を連れて、夫を探しに大宜味(おおぎに)に向かう。

 組踊は、この場面からはじまり、いきさつを乙樽が語る。組踊の台詞は独特の旋律にのせて歌う。すべてウチナーグチ(沖縄語)だが、舞台脇に共通語と英語の訳の字幕が出るのでよく分かる。

 

 訪ねるねる途中で、猿引きに出会い、猿の芸を楽しむ。

 089_2  猿の場面では、ずっと騒いでうるさかった後ろの席のアメリカーの子どもが、「モンキー、モンキー」と大笑い。子どもにとって、この芸能の舞台は退屈で苦痛でしかない。親は「シー、シー」と抑えるが、すぐ騒ぐ。まあ当たり前。アメリカーの子どもが見て、この猿の芸くらいしか面白いところはないからだ。 
 
 次には、薪取りの老人に出会い、夫の消息を尋ねると、田港村にそれらしき人がいると言う。田港では、花売りに出会う。それが夫であった。

094  右の籠に花を入れて売っているのが、夫であり父である。森川の子は、頼まれて踊りを見せる。子ども連れが妻と子と分かったけれど、落ちぶれた姿を恥じて、身を隠そうとする。

104  でもやがてその胸中を打ち明けると、家族の心は解け合う。夫は隠れていた小屋から出る。親子連れだってみんなで首里に戻る。めでたし、めでたしの結末となる。105  当初、あらすじを読んだだけでは、夫婦の愛情がテーマだと思ったが、見ていると子どもの鶴松がとても活躍する。親子の愛情が重なった物語だ。なかなか感動的な組踊だ。
 組踊は、首里王府が中国皇帝の使者、冊封使(さっぽうし)を歓待する芸能なので、忠孝など封建道徳が柱になっているものが多い。

 でも、このような、父が妻子を残して働きに出ると言うのは、沖縄では現代でもあることだ。「季節に出る」といって、大和に派遣、期間工に出る人がいた。 そういう意味では、時代は変わっても、今でも通じる夫婦、親子の愛情のテーマでもある。
 081  先日、ブログに国立劇場おきなわでは、組踊の地謡(じうてー)が幕の奥に隠れて演奏するのは、おかしいと書いた。でもこの「中秋の宴」では、舞台の右端に陣取って立派な歌三線を聴かせた。
 舞台に出ているので、歌声も三線もよく響く。組踊は、立ち方と呼ばれる演技者と地謡が一体のものであることを強く印象付ける。演奏する方も、演技者を見ながらの方が呼吸も合い、気持ちも入るのではないだろうか。
 もちろん、冊封使を歓待したかつての「中秋の宴」は、このように地謡は舞台に出て演奏したのだから、現代の「中秋の宴」でも舞台に出て奏するのが当然と言えるかもしれない。

 073   満月は、正殿の上でこうこうと輝いていた。最後にまた琉球舞踊があったが、組踊で満足して帰路についた。

 111          御庭(うなー)を出て帰る人たち。

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コメント

十三夜の月が正殿の上で輝き、一種独特の雰囲気だったからかもしれませんが、「花売りの縁」を見て、大変感動しました。鶴松と父親が再会した瞬間など、ウルッと来てしまいました。子どもと妻と夫はよく聴いていると節回しのリズムが違いますね。子どもは子どもらしいテンポで、妻は女性らしい優雅さで、夫は雄々しい強さで、というインパクトを大切にしていた感じです。鶴松役の子どもはこれから立派な舞い方として成長するのでしょう。あれだけの台詞を覚えるなど、将来が楽しみです。猿を踊った子どももたいしたものです。アメリカーの子どもだけでなく、幼い子供には組踊はつまらないでしょう。古典の世界だから。ああいう場合は、たとえ自分が見たくても、周囲へのマナーとして、騒ぐ子どもを連れて退席すべきです。言ってやりたかったけど英語ができないので言えなかった!組踊はまた見たいですね~。

 ボーと聞いていると、子ども、母、父の唱えの違いも聴き過ごします。いくぼーさん、よく聞いてますね。
歌三線は、心の動きを表現するといいますが、本当に劇的な盛り上げの効果が大きいですね。字幕があり助かります。これが村の芸能祭では、字幕が出ないので。
 鶴松のふるまいは、父を慕う子どもの情感がよく表現されて、確かに感動しますね。
猿の演技はとても、上手でした。子役たちは立派な役者になれるでしょう。

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