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2011年10月 5日 (水)

中城城跡を描いたハイネの絵

 友人を案内して久しぶりに中城城跡に行った。案内のリーフレットに、1853年に琉球に来たぺりーの日本遠征艦隊に随行したハイネがスケッチした絵が載せられていた。055  有名な絵だから前にも見ているが、いま折しもぺりーの『琉球訪問記』を読んだところだったので、注目したわけである。

045  ハイネがスケッチしたという地点に説明板があった。探検隊の一行の主要メンバーと測量の様子を描いたという。
 リーフレットには「ぺりーも賞讃」の見出しがあり、ペリーが城跡に来たようにとられるが、ぺりー自身は来ていないようだ。ぺりー提督から「島の内部と東海岸を探検して来るようにとの命令を受けて出発した」と記されている。4人の士官、4人の船員、中国人苦力4人の計12人からなる陸地探検隊だった。

 Img082             「琉球訪問記」から。中城城跡の遠望

  一行は、那覇から首里へ出て東海岸を眺める地点から北上し、中城城跡を見て、さらにうるま市石川から金武に入り、漢那から西海岸の恩納村に出て、そこから南下して那覇まで帰った。これが一行のコースだ。

046  城跡に石積みの見事さ、とくにアーチ門の石造技術を高く評価している。
「要塞の資材は、石灰岩であり、その石造建築は、賞讃すべきものであった。石は⋯⋯非常に注意深く刻まれてつなぎ合わされているので、漆喰もセメントも何も用いていないが、この工事の耐久性を損なうようにも思わなかった」と記している(リーフレットから)。

 大正時代に初版が出た神田精輝氏の訳本では「機械もセメントもないのに」と訳していて、漆喰が機械にされている。原文は見ていないので、どちらが正確か分からないが、リーフから紹介した。

023  石造りのアーチ門について、図解までして讃美している。
 測量したということだが、本にはその結果が記されている。
 例えば、城の外側を歩測したとして、長さ335歩、幅70歩という。城壁の頂の高さ12フィート(30.5㍍)、外城壁最高所の高さ66フィート(20.1㍍)、外城壁の傾斜角度60度などである。

030 031

 スケッチしたハイネとは、ドイツ人のウィリアム・ハイネ(1825-1885年)である。ドレスデンで生れたが、1849年にこの地で革命の蜂起があり、それに関わったそうで、アメリカに亡命したという。速筆でスケッチを描く技術に定評があったとか。

 ぺりーの日本遠征艦隊に随行した。琉球でも各地でスケッチした。そのおかげで、王国時代の琉球の風景や当時の琉球人の姿、様子まで、活写されていて、貴重な絵である。

Img083 034  二の郭の城壁は見事な曲線をえがいている。ここからは、西海岸が一望にできる絶景だが、この日は雨で残念だった。

033  知念半島の方面を望むが、天候が悪くてよく見えない。天気が良い時の展望の写真をついでに載せておく。2010年6月の撮影である。

011

036  最頂部の一の郭の本殿跡は、発掘調査なんだろうか、前に来た時も工事していたが、まだ全面的にブルーシートが敷かれていた。何年掛りかで調査しているのだろうか。
 まだ、御嶽(ウタキ)などアップしたいが、長いので次にしましょうね。

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コメント

そうですか。ぺりーがきたと思ってました。探検家じゃないので当たり前か。出ましたねえ、一行のなかに中国人苦力がいます。これだけの長い行程を歩いたのなら、苦力は大変だったと思いますよ。
 ハイネさんの絵がうまいですねえ。当時の城跡の様子がよくわかります。アーチ門、城壁なんか克明に記録してますが、自分たちの国で何か作る時に参考にしたんでしょうかね。
 世界遺産の城跡はどこも城壁の上にのぼるなと描いてありますが、中城城跡は登れる部分があって、一望できるところがある貴重な城跡なので、昨日は天気がよくなくてあいにくでした。
 ハイネさんはドイツの活動家だったんですか?

 ペリーは提督だから、部下の士官、船員らに探検させたのでしょう。「琉球訪問記」を読むと中国人苦力が異国の地で荷物の運搬など重労働をさせられて苦労した様子がうかがえます。
ハイネの絵は、何かの参考にするというより、東洋の島国の日本、琉球は見るものすべて珍しいので、記録することが主眼でしょう。写真がない時代なので。
 ハイネは詳しくは分からないけれど、青年時代なので、ドイツのドレスデンで起こる革命の運動に関わったそうですから、若い血をたぎらせたのでしょう。作曲家のワーグナーもこのドレスデンの蜂起に関わったそうです。いずれも、ネット情報の受け売りですが。

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