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2011年12月27日 (火)

首里城に美御水を奉納

 新年を迎えるに当たり、首里城に「美御水(ヌービー)」を奉納する伝統行事が今年も25日に行われた。このブログでも、前にも一度書いたことがある。首里城への奉納祭は、首里当蔵(トウノクラ)自治会が主催して、毎年この行事を再現している。

 奉納する「美御水」は、国頭村辺戸区(クニガミソンヘドク)の大川と浦添市沢岻(タクシ)の樋川(ヒージャー)で取水した若水である。昨年までは、この行事とあまり縁がなかったが、今年は沢岻樋川を見てきたので、テレビの報道で見て、とてもこの伝統行事を身近に感じた。

047  テレビで見ると、この樋川でノロ(祝女)姿の女性たちが若水を汲んでいた。
 なぜ、沢岻樋川で若水を汲むのか? それは、 沢岻樋川は1000年余りの歴史がある。琉球王朝の頃、風水の方位がよく、水質も良い泉であることから、正月には国王の長寿・繁栄を願い、若水を献上したからだ。

 前にも紹介したが、樋川の前に立派な歌碑がある。

「沢岻樋川やかりーな泉 首里御城に若水ゆうさぎてぃ 千年万代栄えうにげ」
 「かりー」はめでたい、縁起が良いという意味である。だから正月には、めでたいこの泉で汲んだ若水を首里城に献上して、国王の長寿・繁栄を願うというような歌意である。

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 再現の行事では、王府の役人や祝女(ノロ)の衣装に身を包んだ約40人の一行が、辺戸大川と沢岻樋川で汲んだ水を持って練り歩いた。行事の写真は、現場に行けなかったのですべて「琉球新報」の動画から紹介する。

そして、首里城の北側にある円覚寺総門前で、二種類の若水を混ぜ合わせた。

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 その後、首里城に登り、正殿裏の御内原(オウチバラ)で女官の阿母志良礼(アムシラレ)に水を献上した。

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 沖縄では、首里城だけではなく、正月には若水を汲むことから始まる。昔は、家の男の子が元旦早朝に近くの井戸や泉に水を汲みに行った。そして、火の神や仏壇に捧げたそうだ。若水を飲むことによって若返ると考えられたからである。

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コメント

沢岻ヒージャーに若水汲みの行事を見に行きたかったですね。でも民俗通のカメラマンが殺到して、辻のジュリ馬のときみたいに混んでたかも。沖縄は見たいものが多くて大変ですねえ。御内原は、一般の人も見に行けるんですかね。

 沢岻樋川はとても昔の雰囲気が残るヒージャーだから、若水汲みの行事は見たいですね。由緒ある民俗行事は、ホントにカメラマンが多いですね。見たいものがあることは、楽しみが多いのでいいことじゃないですか。行けるかどうかはわからないけれどね。御内原は、首里城の公開ゾーンにはまだなっていないと思いますよ。

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