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2012年2月10日 (金)

花の街路樹、その2

暑さに負けず咲くオオバナサルスベリ 035

  焼けつくような真夏に咲く花が、もう一つある。オオバナサルスベリである。花はうす紫色でとっても可憐だ。色合いがとってもさわやかな花だ。ギラギラと照りつける太陽の下で、咲いている姿をみると、「この暑いのによくぞきれいな花をつけているよねー」と思わずいたわりたくなる。
041  普通のサルスベリは、大和にも沖縄にもたくさんあり、夏には咲いている。でも、花は極めて小さい。小さな花びらがたくさんついている。
 オオバナサルスベリは、名前の通り、花がとても大きくて見ごたえがある。
インドから東南アジア、オーストラリア北部に分布する半落葉性高木で、サルベリの仲間である。
 039 ネットの「沖縄花図鑑」によると、フィリピンでは、「バナバ」と呼び、葉を乾燥させて、バナバ茶をつくる材料にする。葉を煎じて糖尿病や肥満の民間薬として利用されるそうだ。
 私的には、とっても好きな花だ。その色合いがいい。暑さのなかで、真っ赤な花を見ると、余計に暑苦しくなる気がする。でも、この花を見ると、なんかすがすがしく感じるからである。  
 残念なことに、2011年は、相次ぐ台風の影響で、塩枯れしていたが、その後また咲いて、二度咲きした。
例年のような満開の状態にはならなかった。だから、写真はたしか2009年のものである。


 不思議な花木・トックリキワタ

 この写真の花は、トックリキワタという。沖縄では街路樹に多い。2010年は9月初めから咲きはじめたが、2011年は、台風の影響か、遅くて10月下旬に咲きだした。12月末まで咲いている。カンヒザクラにも似たピン004_4ク色なので、あたかも秋に咲く桜の感じもある。でも「秋桜」といえばコスモスである。これは南米原産なので、「南米桜」という人もいる。
010  花びらは、かなり大きい。花びらが落ちても落ちても次々に咲くので、34カ月も長く咲いている。なぜ南米原産の花がたくさん、沖縄にあるのだろうか?

 それは沖縄は海外移民が盛んだったことと関係がある。戦前から、南米に移民としてたくさんの県民が渡った。
 1963年、琉球政府からの派遣医師として南米に赴任し、ボリビアから帰国した当間恵氏によって、この花の種が持ち帰られたのが最初だという。
 1964年に、琉球政府農林局に勤めていた天野鉄夫氏が、種を持ち帰って自宅の庭に植えたのが、沖縄のこの花木の親木だという話もある。020

ただ、現在のように街路樹としてたくさん、この木があり花を咲かせるようになったのは、1987年、オリオンビールの創立30周年で行われた「花の国際交流事業」の役割が大きいようだ。          
 ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、ペルーなどの沖縄県人会の協力で、トックリキワタやゴールデンシャワーなどの花の苗100万本が寄贈され、県内の市町村に配布された。そのうち10万本がトックリキワタだという。
 なぜ、トックリキワタという名前なのか。それは、この木そのものが名前の由来を表している。この花木の幹は、写真のように、一番下は細く、中ほどは膨らみ、上はまた細くなっていて、まるで徳利のような形だ。南米では、スペイン語で「酔っ払いの木」017 という呼び名があるそうだ。やはり、この形状からきている呼び名である。

「キワタ」というのは、この花が終わり春になると、握りこぶしほどの大きさの実がなる。この実がやがて、パクリと割れて開くと、中から野球のボールほどの真っ白な綿が出てくるのだ。まことに、奇妙というか不思議な木である。この木の綿は、ぬいぐるみやクッションに詰められるというが、沖縄ではあまり実用に役立っているという話を聞かない。
 もうひとつ、奇妙なのは、この幹全体に、まるで恐竜の背中のような、トゲができることだ。万が一にも、このトゲに身体を当てるとヤバイことになる。だから、街路樹には向かないという人もいる。
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トックリキワタの綿を集めて利用しようとし ている人に初めて出会った。野球のボールほどの実の皮がパクリと割れると、中から真っ白な丸まった綿が出てくる。近くの「なかよし公園」で、その綿を見た。
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この公園の木はとても大きい。実のなりようも尋常ではなかった。
 もう割れて綿が出ているだろうと思い写真を撮りに行った。すると2人連れの男性がいた。長く柄が伸びる道具を使い、綿を落とし、拾い集めていた。何をしているのだろか? ツレが話しかけた。見覚えのある顔である。実は、綿を落としていたのはNHK沖縄のアナウンサーの白鳥哲也さんだった。
 105 「今年10月に世界のウチナーンチュ大会があるでしょう。トックリキワタは南米から持ってきて県内に広がった花ですから、006ペルー、ボリビア、アルゼンチンなど南米から来る人たちに、この綿を入れてお守りを作り、みなさんの国から持ってこられたトックリキワタが、沖縄でこんなに育っているんですよ、と伝えようと思って集めているんですよ」というではないか。驚いた。なんと5000個も作るという。白鳥さんらは、「NPO沖縄イケメン連」に所属し、このNPOがそういう取り組みを進めているという。
 2011年10月に開かれた世界のウチナーンチュ大会とは、戦前から南米やハワイ、アメリカ本土など世界中に移住していった沖縄県人が、各国から一堂に集まるもので、今回で5回目。
 白鳥さんらは、トックリキワタが南米から贈られて広がった花の由来をもう知らない県民もいるので、こうした取り組みを通して、由来についても知らせるきっかけにもしたいという。白鳥さんもウチナーンチュではないはずだが、こうした自分が所属するNPOで取り組みをしているのには感心した。お守りに入れて、南米からきたウチナーンチュにお渡しすれば、お里帰りとなり、もらった人たちも嬉しいことだろう。その後、多分渡したはずである。
 わが家の近くの与儀小学校の前の通りの街路樹は、「トックリキワタ通り」と言えるほどの並木である。だから白鳥さんもこちらに来たが、昨年はなぜが実と綿が少なかった。子どもたちが「近くのなかよし公園にたくさんあるよ」と教えてくれて、公園に来たということだった。以上がトックリキワタの1年の変化である。この木の不思議な魅力が分かるのではないだろうか。

 鮮やかなゴールデンシャワー

 この見事な黄色の花は、シャワーツリー。一般名はゴールデンシャワーという。やはりマメ科の花木で、インド原産だとか。小さな花がたくさんあつまって房のようになる。ハワイでは街路樹によく植えられ、タイ王国では国花になっているそうだ。
 先に書いたように、南米から花の国際交流事業で持ち込まれた花木の一つだという。この木は、わが家近くの古蔵小学校の校庭に咲いている。
 ピンク・シャワーというのもあり、確かハワイから贈られたといって、漫湖公園に木がある。ピンクはその後、赤になり白く変色すると、聞くが、実際にはピンクしか見たことがない。

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 花の後は、大きなサヤインゲンガのような、長い実をつける。この実は、なかのベトベトした果肉を便秘薬として使用するそうだ。ネットの「シンガポールでみつけた花たち」で紹介している。そのように利用されているのだろう。

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