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2012年2月 4日 (土)

玉城の番所公園に立ち寄る

 沖縄本島の南部を回り、尚泰久王の墓を見た際、近くにある番所跡に立ち寄った。ここは、南城市役所に隣接して番所公園がある。入り口には、シーサーが鎮座している。016 番所とは、いまでいえば役場のことである。南城市は、玉城村、知念村、大里村、佐敷町が合併して誕生した市。旧玉城村富里に市役所がある。かつて琉球王府の時代は、玉城間切(今の町村)だったのだろう。

015  この近くに玉城(タカグスク)城跡がある。番所はかつては、この玉城城二の丸にあったけれども、尚敬王時代の初期に現在地に移転したとのことである。石碑にそう書いてある。
 尚敬王とは、第二尚氏王朝の第13代国王で、1713年から1752年まだ在位した。辣腕をふるった政治家として知られる蔡温(サイオン)を首里王府の行政トップである三司官に据えて、多くの改革を行った。教育や文化にも力を入れて「近世の名君」と呼ばれているそうだ。

019  井泉があった。番所ヌカーと呼ばれている。この水は以前簡易水道に使用されていた湧水を利用しているそうだ。

018  番所跡をあちこちで見たが、どこでもあまり整備されていなくて、「番所跡」という看板があるだけ、というところも多い。でも玉城は、番所公園として整備しているのは立派だ。惜しむらくは、もう少し、この番所の由来や役割など説明する看板でもあればよかったな、と思う。

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コメント

番所跡ってホントにどこにいってもわかりづらいですよね。読谷の喜納番所跡は一応、トイレと広場があって、58沿いにも「喜納番所跡」という表示があります。でもトイレと広場だけで、ここみたいに整備されていないから、つまらないですね。久米島で久米島フクギと久米島紬会館の近くにあった、見事な石積みで囲っている建物は番所跡じゃなかったでしたっけ。
 ヒージャーふ~じ~の井泉もあって風情がありますね。琉球の歴史を大事にしていることが伝わります。 

 そうですね。小禄の番所跡も小さな標識一つ、恩納村恩納の番所跡は、駐車場みたいだけれど、説明板があり、ペーリー艦隊の一行がきたときのスケッチが描かれていたので、往時の様子がうかがえました。
 久米島の立派な石積みの屋敷跡は、仲里の蔵元跡ですね。それにしても、城跡みたいに立派でした。番所跡に井泉があるところは初めて。いいですね。

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