改作される沖縄民謡・与那国ションカネー節
沖縄民謡は、古い民謡だと歌詞も古くからの変わらない歌詞だと思いがちだ。でも、古い民謡は、歌い継がれていくうちに、後世の人々によって、さまざまな手が加えられている。歌詞が追加されている場合もあれば、歌詞を改作している場合もある。よい歌詞になっていればよいが、元歌より悪くなっている場合もある。
いま『精選八重山古典民謡集』(編著・當山善堂)を読んでいるところだ。改作の一つに「与那国ションカネー節」がある。同書では「しょんかね節」としている。この唄は、与那国に赴任していた役人と、賄い女(現地妻)の別れの悲哀を歌った名曲である。
改作されているのは、2番である。
「♪片帆持たしば 肝ん肝ならぬ 諸帆持たしば 両目ぬ涙落とぅし」と歌う。訳すると「船出の際に片帆が上がると 胸が締めつけられ すべての帆が上がると 涙が(両目から)止めどなく溢れ出ます」という内容である。
でもこれはもともとは違う歌詞だった。「片帆持たしば 片目ぬ涙落とぅし」であった。それが「大濱安伴師匠の時代になって『キゥムン キゥムナラヌ(肝ん肝ならぬ)』に創り変えられたものであり、人々の共感を呼び愛唱されている」(同書)という。大濱安伴師匠とは、八重山民謡の立派な工工四(楽譜)集を出版した方であり、同書は八重山民謡を学ぶには欠かせない本である。
私が「与那国ションカネー節」を学んでいる大濱さんの工工四や本島でつくられた滝原康盛氏編著の工工四も、やはり「肝ん肝ならぬ」となっている。与那国出身の八重山民謡の唄者・宮良康正さんもこの歌詞で歌っている。
でもなぜ変えられたのか、その理由がどうにも納得できない。當山氏によると、「片目だけから涙が流れるのはおかしい」という指摘があり、変えられたという。そんな理由で、先人が生み出した歌詞が簡単に変えられていいのだろうか。私は、いくつかの理由から元歌の歌詞が優れていると思う。 2011年離島フェアーで演奏する女性の唄者。このときは「与那国小唄」を歌った。
それは、まず片目から涙が出ないというのは、乱暴な決め付けではないだろうか。片目からうっすらと涙がにじむことなどは、あることである。私のツレも「片目から涙が出ることはあるよ」と話している。それに、歌謡はリアリズムで書くのではなく、ポエムとして表現するのだから、リアリズムからいえば少しおかしいことがあっても、詩的な表現の世界ではなんの問題もない。むしろ当たり前のことではないだろうか。
なによりも、「片帆を持てば、片目から涙が落ちる 諸帆を持てば諸目(両目)から涙が落ちる」という歌詞は、対句となっており、相対して悲しみを強調するようにされている。
しかも、船が島を離れようとする動きに合わせて、最初は「片目から涙」、次には「両目から涙」と悲しみが強まる表現になっている。とてもよく練り上げられた優れた表現である。
改作された歌詞では、この対句の表現と、動きに合わせて悲しみが強まる表現は完全に壊される。
當山さんが「八重山毎日新聞」にこの本の原稿を掲載した際に、石垣市の詩人Yさんから意見が寄せられたそうだ。Yさんは「『片帆・片目から諸帆・諸目へ』という掛け言葉を用いて時間の経過とともに変化していく感情の高まりを表現する元歌のほうが、優れているのではないでしょうか」と改作に疑問を投げかけている。
當山さんはこの意見にたいして、「なるほどという気がしますので、当該歌詞の復活について真剣に検討したい」と述べている。ぜひ、元歌の歌詞を復活させていただきたいと思う。
おまけ 2012年3月26日、金星と木星の間に三日月が入り、3つの月星が連なるという珍しい星空だった。
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コメント
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なんとすばらしい考察でしょうか。目から涙ではなく、目からウロコです(笑)。そのような素敵な歌詞があったのかと思うと、また、「与那国ションカネー」の味わいが倍増しますね。すばらしい投稿をありがとうございました。
投稿: sugisono | 2012年3月28日 (水) 23時58分
sugisonoさん、コメントありがとうございました。
いま歌っている「与那国ションカネー」の歌詞は、古くからの伝統ある歌詞だと思っていたのに、そんな理由で変えられた歌詞だとは夢にも思わなかったですね。
私は本島の工工四で練習してきたけれど、八重山で歌われる工工四とは、大きく違っているので、ようやく大浜安伴さんの工工四で練習しているところです。
いつかsugisonoさんの「与那国ションカネー」を聞きたいですね。
投稿: レキオアキアキ | 2012年3月29日 (木) 09時27分