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2012年4月 3日 (火)

琉球の悲劇の文学者ー平敷屋朝敏覚書、その3

 「手水の縁」は朝敏の作ではないのか?

 組踊「手水の縁」の作者について、琉球大学の池宮正治氏は、これは平敷屋朝敏の作ではない、後世の作品ではないかという疑問を投げかけている。

 その理由は、組踊は冊封使を歓待するための芸能として出発し、王府から任命された踊奉行(ウドゥイブヂョウ)が作演出を行ったが、朝敏は踊奉行には任命されていないからだということだ。

組踊は冊封使を歓待するための芸能であることは事実だ。といっても、初めて玉城朝薫が組踊を上演した冊封使歓待は一七一九年で、次に冊封使が来たのは一七五六年なので、この間、実に三七年もたっている。

朝薫によって創作された組踊という芸能をしっかり継承し、発展させていくには、この間に訓練を重ね、上演することも必要だろう。冊封使が来ない間でも、王府のなかで上演される機会があったと考える方が自然だ。また、三七年の間には、朝薫以外にも組踊を創作する人物が現れたことも十分考えられる。

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  玉城朝薫作「執心鐘入」の舞台(国立劇場おきなわのパンフレットから)

平敷屋朝敏が踊奉行に任命されていなくても、才能豊かで文学作品を作っている朝敏が創作した可能性は十分ありうるのではないか。

なにより大切なのは、この作品の内容の分析そのものが、作者が平敷屋であるのか否かという問題について回答を与えている、ということだ。

 つまり、一つは「手水の縁」の主題が当時の琉球の組踊ばかりか文学全体のなかで占める特異な位置である。他に比類のない作品が他の人に簡単に書けるのか。しかも、当時の封建道徳と社会秩序に反逆するような内実を持つ作品を、他の人物が容易に書けるとは到底思えない。

もう一つは、平敷屋朝敏の作品の流れの中での位置づけである。先に紹介したように、朝敏の一連の作品を読むと、そこには一貫した流れがある。単に恋愛をテーマにしているとか、恋愛至上主義というレベルの問題ではない。

若い時代の「若草物語」「苔の下」にみられるような、この世では結ばれない二人が死出の旅にでる結末から、「萬歳」に見られるように、神の啓示、助けではあっても、封建的な義理、桎梏を乗り越えて結ばれるという画期的な結末に向かう。ここには一大飛躍の世界がある。そして「手水の縁」である。

この流れの延長線に登場するのがこの作品である。ここには朝敏の赤い糸のような熱い問題意識とその発展がある。「手水の縁」のような、他に類を見ない作品が、他の作品とかけ離れて突然変異のように生まれるわけがない。そういう意味でも、朝敏だからこそ書けたのだということが、理解できる。

 さらに言えば、この作品が封建社会の儒教道徳の否定であり、そこにはさらに当時の社会秩序、政治に対する抵抗や異議申し立ての思いが込められていると見られる。

 首里王府に提出する組踊をそういう主題をもった内容とするのには、とっても勇気がいることだ。その後、朝敏が処刑になるような政治行動をとった勇気ある人間であり、政治的人間であったことからも、この作品が書けたのだろうと容易に納得がいくところである。

 池宮氏の所説にはすでに強い反論が出されている。「組踊を聴く」の著者、矢野輝雄氏は、冊封使が来た時だけではなく、組踊が上演されたことはあるし、「踊奉行以外のものが、組踊を作ることはあり得ないことではな(い)」という。

 朝敏を作者とする最大の理由として、その作品そのものの内容を分析している。「文体にみられる緊張感や和文学による修辞法などの多用も、他に類似を見出し得ない⋯⋯恋愛至上主義を謳いあげるところに主題がある。⋯⋯(玉城朝薫の「中城若松」など)模倣作という域を超えて、平敷屋朝敏独自の文学世界を打ち立てているのを見ることができる」。「和文学の影響を受けた強烈な作風こそ、他の作者たちの組踊作品と明瞭な一線を画するものと見るべきであり、その特異性こそ平敷屋朝敏作の可能性に導くものであろう」とのべている。

 このように、作品の内容をきちんと分析すれば、朝敏の作以外にはありえないという結論に達するのである。

 當間一郎氏は、「玉城朝薫は当時の思想背景のなかで登場人物を設定し、つねに首里王府というバックボーンとつなげていくという手法がどの作品にも投入されているのに対して、朝敏は、それを可能なかぎり払拭しようと努力して、わずかながら脱け出している」「朝薫の世界では考えられぬ思想といえよう」と指摘している。

 

 さらに「当時の社会にあって若き男女の愛をあつかい、それを破たんさせるのではなくて成就させていく構成にしたのは、あっぱれという他はない。このような結末にするのは、当時としてはたいへん度胸のいることで、ずいぶん思い切った作品を完成させてくれたのである」とのべている(「沖縄芸能論考」)。

 これはとりもなおさず、この作品が誰にでも書けるような内容ではなく、朝敏のような思想をもち、それを作品世界に投影し、しかも誰に気兼ねもせずに貫く勇気をもっていなければ到底書けない組踊であることを示しているのである。

 政治犯として処刑された平敷屋朝敏

 友寄安乗(57)、朝敏(34)らは、時の政治家・蔡温の政治に不満を抱いていた。薩摩の在番奉行の役人、川西平左衛門の館に再三にわたり、文書が投げ込まれた。蔡温が調査に乗り出し、やがてこの落書が友寄、朝敏らグループの行動として摘発された。 

 そして、一五人全員が安謝港で処刑された。友寄、朝敏は「八付」(はりつけ)の刑に処せられた。はりつけの中でも、とくに重刑の罪人に適用される串刺しにより行われた。串刺しのなかでも、いろいろあり、朝敏はとがった木で体を貫いて殺す方法が六〇人によって行われたという。

 それでもなかなか落命しないので、最後は母とともに立ち会うことが許されていた長男・朝良がとどめを刺したと伝えられている(「平敷屋自治会のホームページ」で紹介されている)。

 薩摩への告発文書の内容がどういうものであったのか、詳しい記録がまったく残されていないからわからない。

 だが平敷屋朝敏の系譜(家譜)によれば、平敷屋は友寄と組み、「無筋の事申し立て」、つまりありもしない事をでっち上げ、薩摩役人に落書し「国家の難題なる儀」を相たくらんだ「悪逆無道の族者(ヤカラ)」だとして裁かれたという。

 落書の内容が時の政治に対する批判の内容であったことがうかがえる。朝敏らが何を主張したのか、なぜかくも残忍な極刑に処せられたのか、さまざまな見方がある。

012       瀬長島の「手水の縁」の歌碑

朝敏らは和文学を通したつながりであり、時の権力者、蔡温は、中国からの移住者が住む久米村の出身であることから、そこに対立の原因を見ようとする見解がある。

 

「蔡温一派の漢学者は万事支那思想を鼓吹して漢学者勃興を即し⋯⋯随って漢学者は時を得て続々重要なる地位に推薦せられたが、国学を修めし平敷屋の一派は頭が上がらなかった」「支那思想の権化たる蔡温を排斥することは平敷屋等多年の間要望するところである」「藩庁を動かすは藩庁以上の大勢力に頼らざる可からずと」「彼等の眼は⋯⋯琉球政務の監督者に向かって注がれたのである」(真境名安興氏)

ただし、蔡温は薩摩に抵抗したのではなく、「薩摩のおかげで今の琉球がある」いうように薩摩に忠誠をつくすことが基本スタンスであった。だからこの見方は少し違うようだ。別の角度の見解もある。

「自国琉球の政治について薩摩側に密告、あるいはその権力を借りようとしたのが処刑の理由である」(山里永吉氏)、

「問題は平敷屋らが薩摩側の権力を引き出そうとしたことにある。批難した事実が単に和漢の思想の相異や王府の国内施策にかかることではなく対外の問題、つまり薩摩に対する姿勢のあり方が中傷されたのではあるまいか」(新里、田港、金城氏)。

 「新琉球王統史」を書いた与並岳生氏は、投書の内容は「蔡温が人の意見を聞き入れず、独断的に国政を進め、このためにさまざまな弊害を生み、王府重役たちの不信感も増大し、疑心暗鬼は渦巻、人心を撹乱し、このことは国政の停滞を招くものである」というものではなかったか。しかも蔡温には尚敬王がついているので打つ手がなく、薩摩の力を借りて蔡温を罷免してもらうことを狙っての投書だったと思われる(「尚敬王」下)という見解をのべている。

朝敏らは薩摩の支配に立ち向かったという見解もある。例えば「薩摩の非人間的な抑圧、不断の収奪から琉球を救うには社会状況を変革する必要があり⋯⋯政治行動を起こそうとしたのではなかろうか」という見方である(又吉洋士氏「平敷屋朝敏―琉球独立論の系譜」)。

これは自己の「琉球独立論」の主張に無理やり引き付けようとする説で、あまり説得力はない。薩摩の役人に抗議文を投げ入れて何かことが解決できるほど、薩摩の支配は甘くはない。それよりも、蔡温の悪行を薩摩に告発して、その力を借りようとしたと見る方が自然だろう。

 

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