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2012年4月11日 (水)

宜野湾市野嵩の湧水を見る

 宜野湾市は湧水が多いところだ。その一つ、野嵩(ノダケ)の「野嵩クシヌカー」をたまたま写真で見て行ってみたくなった。

009_2  野嵩は、米海兵隊普天間基地の東側にあたり、近くに市役所がある。
このクシヌカーは市指定史跡である。昔から野嵩の区民の共同生活用水として長く利用されてきた。005  長方形の大きな水槽の根元から水が湧き出る。手前側をせき止めて、4か所に貯まった水を出す余水口を設けている(下写真)。

003  湧き口の左右、後背には4段の積みをして土留めとしている。見事な石積みのようだが、草がびっしりと蔽っていてよく見えない。

 004  長年、飲み水から洗濯、イモ洗い、水浴びなど生活用水として使われただろう。湧水口から湧き出た水は、さらに下手の「クムイ」に流し込まれ、牛馬の水浴びにも利用されたという。

001  さらに区民の伝統行事であるウマチー(祭)やウビナディなどの節々の拝礼、子どもの出生時の湯あみに使われる「産水(ウブミジ)」、新年の「若水(ワカミジ)」汲みなど、人生の節目に利用された。沖縄戦の直後の収容所時代に、水に助けられ住民もいるそうだ。

 ウビナディとは、赤ちゃんに産湯を使わせるためカーに水汲みに行く行事らしい。

006  だから、この井泉に水恩にあずかった住民が、近くや遠くの人々も拝みに訪れる場所でもあるとのことだ。

 石段の上にはデイゴの大木が3本あり、大きな樹影をつくっている。私見だが、これによって暑い時でも井泉は涼しく、洗濯などするにも暑さをしのぐのに役立ったのではないだろうか。

 集落の南側にもう一つ「メーヌカー」があるというので、近所で訪ねるとすぐわかった。やはりデイゴの木が目印だった。

 クシヌカーとは、集落の「後ろのカー」、メーヌカーとは、「前のカー」という意味だろう。016  このカーも住民共同の生活用水として利用された。さまざまな行事でも同じく利用されただろう。野嵩の湧水は二つとも、崖ではなく平地で少し窪んだ所に水が湧いている。

011  こちらは水槽のようなものがあるが、とても低い。危ないので鉄柵で蔽っている。

012  やはり余水口が2,3か所ある。ただ、いまは水量があまりない。

015  そばに拝所のようなところがあった。石にはなぜか「水」と刻まれている。メーヌカーは、市指定史跡の表示はない。だから、説明はなにもない。014  デイゴはやはりカーの上に葉を繁らせていた。

 そういえば、チラホラとデイゴの開花の話が出ているが、わが家の近くも、この野嵩のデイゴもまったく花は見えない。今年は、葉っぱがとても多い。花が咲くだろうか、少し心配でる。

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コメント

野嵩のクシヌカーは、さまざまな行事に使われていて、野嵩区の人たちに今でもなくてはならないカーですね。案内板にメーヌカーのことがふれられているのだから、メーヌカーにも案内板があってもよさそうなものですが、メーヌカーは市指定の文化財じゃないんですね。以前喜友名のカーを見に行きましたが、宜野湾もカーが多いところですね。羽衣伝説のあるカーも見に行ったと思いますが、あそこは何カーだったかなあ。喜友名もあそこも立派な石囲いがありました。
野嵩クシヌカーも布積みと野づら積みの石積みが美しいらしいですが、草をそのままにしてあるので、わからないですね。その草の緑が美しい半面、石積みが見えないですね~。

メーヌカーも規模と造りはあまり変わらないけど、クシヌカーが史跡指定されているは石積みが評価されたのかなあ。宜野湾は湧水多いけれど、羽衣伝説のあるのは森の川です。
普天間飛行場のある高台から降りてきた58号線沿いの崖の下の地形に湧水がおおいですね。
石積みは、草がなければ摘み方がよくわかるけれど、草をとるのが一苦労なんでしょう。

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