無料ブログはココログ

« 沖縄民衆の抵抗の歩み、その5 | トップページ | 沖縄民衆の抵抗の歩み、その7 »

2012年5月20日 (日)

沖縄民衆の抵抗の歩み、その6

 奈良原知事の士族救済の名による開墾政策にたいして、山原住民は果敢に抵抗をした。第1回県費留学として学び、県庁で高等官となった謝花昇も、知事の政策に疑問をもち、立ちはだかる。やがて沖縄自由民権運動ののろしを上げる。
 人頭税を課せられた先島、なかでも宮古島、多良間島では早くから勇敢な抵抗があった。明治中期になり宮古島では「島燃ゆ」といわれた人頭税廃止の闘争が燃え上がった。その6はこんな内容である。

「teikou06.doc」をダウンロード

031 

 八重瀬町に建つ謝花昇の像

« 沖縄民衆の抵抗の歩み、その5 | トップページ | 沖縄民衆の抵抗の歩み、その7 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄民衆の抵抗の歩み、その6:

« 沖縄民衆の抵抗の歩み、その5 | トップページ | 沖縄民衆の抵抗の歩み、その7 »

最近のトラックバック

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30