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2012年5月14日 (月)

復帰40年でオスプレイとは!

 5月15日は、沖縄が米軍統治から日本に復帰して40年にあたる。米軍によって土地を奪われ、人権を奪われ、米軍機の墜落や米兵による重大な事件・事故の恐怖から、平和憲法のもとに復帰したい、核も基地もない沖縄へと願った復帰だったはずだ。

 「♪思事や一道 恋しさや大和 やがて御膝元 戻る嬉しゃ」(思うことはただ一つ 恋しいのは日本 やがて日本のおひざ元に 復帰するなんと嬉しいことだろう)。1969年につくられた民謡「平和の願い」は、つらい異民族支配から日本に復帰する喜びの心情をこう歌っていた。

 でも、現実には米軍基地は縮小もされず、新基地建設さえ押しつけようとしている。日本政府は、県民の願いに応えるのではなく。逆になんでもアメリカいいなり。県民の願いをことごとく裏切ってきたのではないか。
 多くの県民は、そう思っているだろう。

 029  ここにきて、垂直離着陸輸送機のМVオスプレイを普天間飛行場に配備する計画が、前倒しで進められようとしている。それも7月に、分解した機体を那覇軍港(上写真)に搬入して、組み立てた上で、試験飛行をする意向を日本政府に伝えてきた。那覇軍港といえば、那覇市のど真ん中。わが家からもすぐ近い。これが復帰40年の日米政府による「プレゼント」なのか!

 オスプレイは、事故が相次ぎ欠陥機といわれ、4月にモロッコで墜落事故を起こしたばかりだ。県都のど真ん中で試験飛行し、世界一危険とアメリカも認める普天間飛行場への配備を強行する構えだ。県民の命と安全をなんと考えているのか、狂気の沙汰といわざるをえない。

 野田首相は復帰40周年の式典に出席する。いったいどの面下げて出席するのだろうか。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

そんなにオスプレイを配備したいのなら、横田基地にでも持っていったら。空港がいいなら羽田空港にで配備したら。試験飛行したいなら、国会上空を飛んでみたら。
 危険とわかっていて、強行配備する野田政権の県民無視きわまれり。なにが「沖縄の負担をなくす」だ。オスプレイ配備も普天間の嘉手納統合も御断り!

 オスプレイは空港でなくても離発着できるから、仲井真知事も「新宿御苑にでも」と言っていましたね。野田内閣は、沖縄に配備する前に、岩国にまず配備することを予定していたけれど、岩国の地元が反対したらすぐ、撤回した。それを知った沖縄県民は、「やっぱり沖縄差別だ」と怒るのは当然です。
「負担軽減」というお題目を唱えながら、沖縄にはオスプレイ配備や普天間飛行場の改修による基地固定化など、どんどん負担増をやっても平気。野田首相は、アメリカの評価がとても高いそうだけれど、野田は県民の苦しみ、痛みなんかなにも分かっていない人ですね。

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