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2012年5月15日 (火)

沖縄民衆の抵抗の歩み、その1

 

沖縄の人民は、琉球王朝の時代に過酷な支配と搾取を受けていたけれど、「百姓一揆はなかった」と言われる。薩摩藩に侵攻されて、植民地のように支配されたため、「奴隷根性がしみついた」という議論もある。はたしてそうなのか。

決してそうではない。それは、すでに現実が回答を示している。なにより、戦後の米軍占領下の圧政と軍事基地の重圧のもとで、沖縄県民が決して屈従することなく、米軍による土地強奪への抵抗や日本への復帰運動に代表されるように、たくましく、ねばり強い島ぐるみの運動を繰り広げてきた。そして、アメリカと日本政府も揺り動かしてきたからである。

Photo    首里王府に反逆した石垣島のオヤケアカハチの像

 本来は、この一言で結論は出ているようなものだ。でもせっかくなので、琉球王府の時代と廃藩置県の後に、庶民は圧政にどのように対峙してきたのか、どのような抵抗の歩みがあるのだろうか、振り返ってみたい。
 なにしろ琉球・沖縄史については素人なので、先学の人たちの研究、論考を参考にというか、導きとさせてもらいながら、沖縄庶民史のささやかな試みの一つとなればという思いである
。見当違いのことも多々あるだろう。文章も長い。7回に分けてアップしたい。

 第1回は、悲惨だった王府時代の農民の現実と、「百姓一揆がなかった」といわれるのはなぜか、について考える。

 「teikou01.doc」をダウンロード

 

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