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2012年8月 8日 (水)

民衆に愛される沖縄歌劇、歌劇への偏見と規制

主流になった歌劇が廃止に

 明治43年(1910)の歌劇「泊阿嘉」の大成功によって、沖縄の芝居のなかで、歌劇の占める位置が高くなった。大野氏によれば、新聞で見られる限り、明治44年に上演された歌劇と思われる演目数は59を数えた。明治42年、43年と方言せりふ劇の年間上演数は60を越えて最盛期だったけれど、44年になると歌劇の方が多くなり、歌劇主流の時代がはじまった。

歌劇全盛時代を迎えていた大正6年(1917)、人気の歌劇を全廃するという事態が起きた。4月11,12日付の「琉球新報」によると「帽子職工が仕事しながら其の折々の芝居で演っている歌劇の文句を唱ふのは好いとしても甚だしきは小学校の子供でさえ其の口真似をしたりして歌劇の悪影響は甚だ恐る可きものであった」ので「一時的に歌劇全廃を唱へたる事」があった。子どもまで、歌劇の口真似をするとは、絶大な人気があったことをうかがわえる。

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     歌劇「奥山の牡丹」の一場面(『沖縄芝居とその周辺』から。花城勝子さん撮影)

 大城氏は「歌劇が男女の恋愛をテーマにし(た)うえに俗受けをねらいすぎたために、道義的に世論と警察の糾弾にあい、劇団の自主的廃止の形をとった」とのべている。

 世俗的な恋愛物が「卑猥極まる、風紀を乱す」という根深い固定観念がまだ支配していたのだろう。 

 廃止となる以前にも、すでに規制があり、「警察の方でも風俗を乱す虞れがあるものは全然之を許さず従来も出願数の4割位は不許可になって居た」ともいう。

「沖縄の『近代化』を本土への同化と考えた一部知識人、それに同調した新聞、そして権力を握って演劇の内容にまで踏み込んだ警察が三位一体となって、劇場側を自主的歌劇全廃に追い込んだのでした」と大野氏はのべている。

このような古い倫理観や「近代化」を志向する立場から、庶民に愛される歌劇を卑下して排撃する姿勢は、言語のうえで共通語を第一として、方言の追放に走った歴史を想起させるものがある。

 「しかし、大衆にもっとも人気のあった歌劇がそんなに簡単に廃止できるはずではなく、その禁止もあまり長くは続かなかったようである」(矢野氏著作)
 歌劇の看板ではなく舞踊劇の名目で逃げたり、臨監席に警官がいる時は、役者が歌わず、地謡に歌わせる方法を考え出したそうである。

結局、廃止も長くは続かず、翌年には禁止が解かれ、大正8年(1919)の辻遊郭の大火事の後は完全に復活した。

沖縄歌劇にたいする非難は、昔のことだけではない。先に引用した『琉球芝居物語』を書いた真栄田勝朗氏も「歌劇の悪影響」を次のように力説している。

「この歌劇こそ実に演劇の向上を阻害し堕落に導いたくせものである。叡智と良心を持ち合せない彼らは無知のアフィー(青年)アン小(田舎娘)達の好みに迎合し、悪どい恋愛ものを次々に自作自演して、演劇水準を下落させただけでなく、社会風教をも毒するに至った」

沖縄演劇を愛する人が、これほどまでに歌劇を口汚く指弾するのには、ちょっと抵抗がある。「伊江島ハンドー小」をはじめ名作歌劇を見る限りでは、こうした非難はまったく当てはまらない。
 庶民の風俗、恋愛などを題材にした歌劇には、この孤島苦とよばれた琉球弧の島々で生きる人々の生きざま、愛と哀しみ、苦しみと喜び、人生のドラマが凝縮して映し出されている。それだけに、観客の心をゆさぶり、ともに笑い、涙し、感動をおぼえるのだろう。
 とくに人気のある恋愛物を古めかしい倫理観で抑圧しようとしても、到底無理である。組踊でも恋愛物の傑作「手水の縁」が、長く上演禁止になった時期があった。そんな企てはいまでは笑い話のたぐいである。それと同様のことではないだろうか。

日本の各地を見回しても、沖縄ほど独自の題材と伝統芸能を駆使して、たくさんの歌劇を創造した地方は、ほかにはないだろう。名作歌劇は、いまやもう古典として価値をもつ歌劇となっている。歌劇は魅力と価値をもつ立派な沖縄芸能であると思う。

海外のオペラも、恋愛をテーマとした人気のある演目が多い。イタリアオペラを「俗物大衆文化」と言い切る人もいる。オペラを高尚な音楽のように接するのではなく、人間ドラマを満載した「俗物大衆文化」と思って見る方が親しみやすく、かつ楽しめる。

オペラと沖縄歌劇は、異なる芸能ではあるが、歌舞劇としては共通する点もある。沖縄歌劇は、芸能の島」ならではの芸能であり、誇りある民衆の文化である。

『沖縄県史6』は、「明治30年代より顕著に台頭した大正期に最盛を極めた歌劇は沖縄演劇の一大傑作である」「一種のミュージカルな方法で筋を運ぶスタイルの演劇は日本の演劇の中でもユニークであり今後大いにその可能性や評価については検討されねばならないものである」と評価している。008

    沖縄は「芸能の島」。みんな歌と踊りが大好きだ(第28回チャリティー芸能祭から)               

すでにのべたように、歌劇にはさまざまな規制があったが、歌劇だけでなく沖縄県では、演劇に対して早くから規制が加えられてきた。

明治25年(1892)の演芸場取締規則は、芸人鑑札や劇場に警察官の監臨席をつくることが義務づけられ、多くの芸題が変更、禁止されたりした。

昭和4年(1929)の興行場及興行取締規則では、①勧善懲悪の趣旨に背戻するもの②嫌悪卑猥又は惨酷に渉るもの③犯罪の手段方法を誘致助成する虞あるもの④濫に時事を諷し又は政談に紛はしきものと認むるもの、などが掲げられていた。これでは、大抵のことは警察の判断で自由に処置できる。

規制が厳しくなるなかでも、沖縄芝居、歌劇は盛んに上演がされてきた。

   

        

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