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2012年9月14日 (金)

歌碑のある風景、久米島にはたくさん歌碑がある

久米島にはたくさん歌碑がある 

 

 久米島には、島が舞台になった民謡がたくさんある。歌碑もいくつも建てられている。歌碑めぐりをしたわけではないが、島内を回っていると、いくつか出合った。
 最初は、久米島の名木「五葉の松」の前にあった。五葉の松は、右写真で見るように、巨大な松の枝が、上に登るのではなく、下にはっている。松の木の根元にある、土の神、農業の神の土帝君(トーテークン)を祀ったとき植えた松だという。
 歌の歌碑は「久米島はんた前節」。「♪久米の五葉の松 下枝の枕 思童無蔵や我腕まくら」。意味は、久米島の五葉の松は、下枝が枕のようだが、愛しい人(彼女)は私の腕を枕にしている。

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 左写真は、「仲里節」の歌碑。「♪聞けば仲里や 花の本てもの 咲き出らば一枝 持たちたばうれ」。歌意は、右写真にある。「聞けば仲里は花の本場であることだから、花が咲き出たら一枝ください。花とは美しさにたとえて美しいものを意味し、仲里とは現在の宇江城城址一体の場所である」。

  この唄は、とてもとても、ゆったりと歌う。琉歌であるから、字数は「8886字」だ。けれども、「聞けば仲里」の 8字だけで曲の一番の歌詞になっている。だから歌詞の1字、2字で、「チキーーーーーーーーーーーーーーーーーー」「バーーーーーーーーーーーー」という具合に、12~19拍も朗々と歌う。これで4回歌うことになる。

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 この歌碑のあるのは、宇江城の海岸、「タチジャミ」という巨岩がある場所の駐車場に建てられている。タチジャミを見に行ったら、偶然この歌碑があった。
 次の歌碑も、まったくの偶然だった。帰り路に車で走っていると、「白瀬川」(シラシカワ)の地名の看板を見つけた。これは、「民謡に出てくる場所だ」と思って向かった。なるほど、川があり、そのそばに歌碑が建っていた。

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「白瀬走川節」(シラシハイカー節)の歌詞にある。「♪白瀬走川に 流れよる桜 すくて思里に 貫きやりはけら」。 歌意は「白瀬の流れの早い川に流れる桜を すくい上げて愛しい彼氏に貫いて花輪(レイ)にしてあげよう」。この歌詞は、舞踊曲の「貫花」(ヌチバナ)の中の「武富節」(タキドゥ
ン節)になっている。
 「武富節」では、これに続けて次の歌詞がある。「♪赤糸貫花や 里にうちはけて 白糸貫花や よ得れ童」。この歌詞は、上写真の碑だ。歌意は下写真にある。「赤い糸で抜いて集めた首飾りの花輪は、わが恋する彼の胸にかけて 
白糸で抜き集めた花輪は、必要ないからもらいなさい子供たちよ」。本来なら、この白糸の抜いた花輪は、彼女がつけようとなりそうだが、白糸の花輪は縁起がよくないから必要ないと言っているようだ。Photo_11

 久米島の嘉手苅に流れる白瀬川の川べりに降りてみると、この琉歌の雰囲気が少しわかるような気がする。
 久米島は、久米島絣が年貢の米の代納とされ、貢納する税の7割ほどが貢布だったという。八重山や宮古の人頭税をめぐってはあ、つらく哀しい唄がたくさんある。久米島でもきっと、貢布をめぐって多くの女性が、悲哀を味わっただろう。地元の人にたずねると「仲里村誌」を見ればのっているのではないか、と聞いていたが、掲載されていなかった。
 『仲里村誌』には、久米島の歌謡が掲載されている。それを見てちょっと驚いた。それは、一つは「オモロ(古代歌謡)にくらべると、いっぱん歌謡の数はひじょうに少ない。もともとそれは少なかったのではなく、採録と伝承が不十分であったために、次々と忘れられたのではないか」ということ。残念なことである。
 もう一つは「仲里節とか白瀬走川節などと、こちらの地名が取り入れられているからといって、その歌詞や曲節が、こちらで生れたと決めてしまうことはできないし、近頃の琉歌の注釈書などに、久米島の歌としてあるからと、それを鵜呑みにすることもどうかと思う」とのべていることだ。      


 これまで読んできた民謡、琉歌の解説では、だいたい両方の琉歌とも、久米島の歌とされていたので、驚いた次第だ。自分では、まだ確かめようがない。とりあえず、歌碑は久米島にあるので、久米島の歌としてお164こう。

 
 まだ歌碑があった。阿嘉のひげ水(アカノヒジミジ)という名所にある。ここは、断崖の割れ目から水が湧き出ていて、それが強風にあおられると、水は下に落ちるのではなく、逆に吹きあげら

れて、水煙のように上に伸びる。あたかも、長い白いひげのように見える。それが「ひげ水」の名前の由来だ。でもこの日は、風は結構あったけれど、水量が少ないから、舞い上げられない。下に落ちていた。地元の人に聞くと、いまは取水しているから、水が少ないとのことだった。
 ここに「阿嘉から節」の碑がある(右上写真)。「♪阿嘉のひげ水や 上んかいど吹ちゅる かまど小(グヮ)が肝や のぼりくだり」。その横にこの唄の説明があった(左写真)。これは、景観を詠んだのではなく、恋歌だという。
 阿嘉の美しい娘と若い村役人(文子=テグ)との恋仲がうわさに上がり、その2人の仲をひげにたとえるなど、大変ユーモラスに歌われている、ということだ。

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