無料ブログはココログ

« 歌碑のある風景、久米島にはたくさん歌碑がある | トップページ | 台風は沖縄に上陸しない! »

2012年9月15日 (土)

歌碑のある風景、竹富島の安里屋クヤマの歌碑

竹富島の安里屋クヤマの歌碑

 石垣島の目の前に竹富島が浮かぶ。高速艇で10分の近さだ。赤瓦の家が並び、沖縄らしい風景を伝える島だ。2011年3月11日、石垣島に行った日に、東日本大震災が起き、津波警報が出た。その翌日も警報は続き、島に渡る船は止まった。でも午後2時ごろになり、津波注意報に変わったので、船が出ることになった。島に滞在する時間は、1時間しかない。だが、石垣に来て、竹富に行かないのでは、心残りになるので船に乗った。
 竹富島と言えば、有名な民謡「安里屋ユンタ」の生れた地である。といっても「♪サー 君は野中のいばらの花かー サーユイユイ」と歌う曲ではない。こちらは、昭和9年に八重山生れの作曲家・宮良長包さんが元歌をアレンジして作曲した「新安里屋ユンタ」である。

Photo
 元歌は、実在の人物をもとに歌われた曲である。人物とは安里屋に生れた美女クヤマさんである。
 写真は、島の中央部にある島一番の高台、なごみの塔(下)から見た竹富島の風景である。このなごみの塔のすぐ南側に、クヤマさんの生誕の地があった。
 竹富島で歌われる「安里屋ユンタ」の歌詞を紹介する。歌詞は方言で長い物語になっているので、出だしは次のようになっている。454_2


 「♪安里屋のクヤマによ あん美(チュ)らさ生りなしよ 目差主(メザシシュ)ぬくゆだらよ あたろやぬ望(ヌズ)むたよ 目差主や ぱなんぱよ あたろやや くりやおいす⋯⋯」と続く。
 「安里屋のクヤマ女は 素敵な美人に生れていた 目差主(メサシシュ)に見染められ 当る親に望まれた 目差主は私はいやだ 与人役へご奉公します⋯⋯」。
 琉球王府の時代、島を統治する役人に与人(ユンチュ=村長、あたる親と尊称していた)と目差(助役)などがいた。役人は島に3年勤務で交代する。妻子の同伴は禁止されていたので、賄女(マカナイ)を奉公させる慣例があった。

  歌は続く。クヤマに嫌われた目差主は、面当てに隣の中筋村に走り行き、村を探しまわっていたら、素敵な美人に出会った。イシケマという。親のもとに飛んで行き、娘さんを私に下さいと頼み、親は欲しいなら連れて行って下さいと言う。宿舎に連れ帰り、腕を組んで寝むった。男の子は島の統治者 女の子は良妻賢母に生まれますように。

460
 こんなお話である。クヤマ生誕の地の入り口には、歌詞の一部が書かれていた。 
 「安里屋ぬクヤマによう 目差主ぬくゆだらよう」
 ただし、竹富島ではこの歌詞だが、石垣島など他の地域では、歌詞がまるで違った展開になっている。
 「♪目差主ぬくゆだら あたろやぬ望もたら 目差主やぱなんぱ あたろやや くりゆむ」
 「目差役人に見染められ 当る親に望まれた 目差役人は私はいやです 当る親(与人)も私は否やです」と村長も助役もイヤですと拒否する。そして、「後のことを思っ
て⋯⋯島 の夫を持たなければ」と、島の男を夫にすることが後のためになる、ときっぱりと歌う。クヤマさんの気高い姿が描かれている。
 実際はどうなのか。安里屋のクヤマさんは、1722年に安里屋に生れ、1799年に78歳で亡くなった。1738年に新任役人が赴任したさい、16歳の若さで村長である与人の賄女として奉公し、与人の寵愛(チョウアイ)を受けた。いよいよ転任のとき、与人は竹富きっての一等地をクヤマに与えたという。
 以上の歌の歌詞や歌の解説などは、喜舎場永珣(キシャバエイジュン)氏著『八重山民俗誌下巻』を参考にさせてもらった。
 クヤマの例に見るように、役人の賄女になれば、恩典があった。だから「若い女性にとっては憧れでもあり羨望の的であり、また名誉でもありました」と喜舎場さんは言う。

461
 その点には私は異論がある。別の島では、賄女にされることを嫌がった、恐れたという例もたくさんあるからだ。詳しくは、別稿の「愛と哀しみの島唄」をブログにアップしてあるので、関心のある方は読んでみて下さい。
 ではなぜ、石垣島などでは、逆の抵抗の歌詞になったのだろうか。喜舎場さんは「これは治者階級の士族に対する平民のレジスタンスであります。不可能とは知っていたが、せめてこの歌を謡って自ら慰安を求めていたような感じがします」と指摘している。これは、的を射た見解だと思う。
 島の美人といえば、若者たちの憧れでもある。それを役人が権威にまかせて賄女として横取りすることに、民衆は面白くない。不満も感じていただろう。だから、クヤマさんが、役人の要求を拒否して島の男を選ぶという、気高い女性像として描いたのではないだろうか。
 喜舎場さんは、竹富島の歌詞で歌うべきだと言う。ただ、自分で歌ってみると、役人の要求を拒否して島の男を選ぶという、石垣島などの歌詞の方が好きだ。気持ちが入る。

« 歌碑のある風景、久米島にはたくさん歌碑がある | トップページ | 台風は沖縄に上陸しない! »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 歌碑のある風景、竹富島の安里屋クヤマの歌碑:

« 歌碑のある風景、久米島にはたくさん歌碑がある | トップページ | 台風は沖縄に上陸しない! »

最近のトラックバック

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30