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2012年9月16日 (日)

歌碑のある風景、読谷に立つ「さとうきび畑」の歌碑

読谷に建つ「さとうきび畑」の歌碑


 故・寺島尚彦さんが沖縄戦の悲しみをテーマに作詞・作曲した名曲「さとうきび畑」の歌碑が読谷村高志保に建てられたので、訪ねた。「ざわわ ざわわ」とサトウキビの葉が風に揺れる様子が印象的な曲だ。
 
 歌碑は、「集団自決」の悲劇がおきた「チビチリガマ」を通り過ぎて、少し行った先にあり、案内の看板がある。この付近は、墓地が集中するところで、歌碑の周りは畑である。
 読谷村から北谷にかけての海岸に67年前の1945年4月1日、米軍が上陸し、沖縄本島は地獄と化した。その4月1日に除幕式が行われた。この曲と読谷村は直接、関係はない。でも、歌詞の中の「昔、海の向こうからいくさがやてきた」と歌われるが、読谷の沖は、海を埋め尽くすほどの米艦船が押し寄せ、上陸した地点でもあるので、歌碑を建てるにはふさわしいのかもしれない。
 入り口に「ざわわ憲章」が展示されている。

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「1、いくさのない世界をめざすために活用する」
「3、戦没者の無念の思いを後世に伝えるため活用す
 る」など6項目の憲章が記されている。
  この曲の生れたいきさつなどが碑に記されている。寺島さんは、1964年に34歳で初めて沖縄を訪れ、激戦の地である糸満市の摩文仁(マブニ)でサトウキビ畑に立った。そのとき「戦没者たちの怒号と嗚咽を私は確かに聴いた」という。
 2年近くをかけて、サトウキビ畑をわたる風の音を表す表現として「ざわわ ざわわ」という言葉にたどり着いた。1967年、66回繰り返される「ざわわ」に思いを込めて、この曲が誕生したという。

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 歌碑の横の楽譜が記された台のボタンを押すとオルゴールで曲が流れる。
 これが歌碑の本体である。歌詞が全部刻まれている。
 ただし、茶色の歌碑と刻まれた文字が同色なので、極めて読みにくい。これが潮風と風雨に長年さらされると、ほとんど読めなくなるのではないか。それが心配だ。
 歌碑の中ほどの下部は、空洞になり、サトウキビに見立てたステンレスの棒が立っている。22本が3列並び、合計66となり、「ざわわ」66回を表しているそうだ。

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 この歌碑は、歌碑建立実行委員会によって建立され、読谷村に寄贈された。寺島さんは、1930年生れで、2004年3月に亡くなったが、きっと「グソウ」(あの世)で歌碑が出来たことを喜んでいるだろう。

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