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2012年9月 3日 (月)

歌碑のある風景、激戦の地・嘉数高台に建つ歌碑

激戦の地・嘉数高台に建つ歌碑

 宜野湾市にある嘉数(カカズ)高台。そこは「世界で一番危険な基地」とアメリカも認める米海兵隊普天間飛行場がよく見える場所として知られている。
 この嘉数高台は、沖縄戦の激戦の地として知られる戦跡である。読谷方面に上陸した米軍が南下して、最初に激しい戦闘が闘われたのが、この高台である。日本軍が高台を陣地としていたからだ。いまもトーチカ跡が残る(右)。

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 この高台でどれほどたくさんの日本兵、住民の血が流されたことだろう。日本軍はとくに京都の部隊が多かったので、「京都の塔」が建つ。朝鮮半島の出身者の犠牲を追悼する碑も建っている。
 嘉数高台の悲劇は、民謡にも歌われた。その歌碑(下写真)も建っている。
「嘉数高台(カカジタカダイ)」という唄だ。唄は戦争が終わったあとから、戦争をしのび平和を祈る内容だ。

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 「♪大戦終(ウフイクサオワ)て、一昔(ヒトンカシ)過て、世界(シケ)に知らりゆる きざし見して アー嘉数高台」=あの大きな戦争が終わって ひと昔が過ぎて この激戦が広く世間に知られる きざしが見えてきた ※アー嘉数高台よ(以下ハヤシは同じ)。
「♪年や新(アラタ)まて 平和御代拝(ミユウガ)で 願事(ニゲゴト)ん叶て 名うち出(ン)じて アー嘉数高台」=年は新たになり 平和の世の中を迎えて 願い事もかなって 嘉数高台の名前をうち出した。
「♪新名(アラタナ)ゆ取たる 村人ぬ手本(テフン) 弾ぬ雨(アミ)降りたる 戦偲(シヌ)ぶ=嘉数高台の新たな名が広がった 村人の努力のたまものだ 弾の雨が降った戦争をしのぶ。
「♪あまた御仏(ミフトキ)ん 安々(ヤシヤシ)とみそり 合掌(ニゲグト)や永久(トワ)に村ぬ守り」=数多くの戦没者の方々 安らかにお眠り下さい 手を合わせて祈ることは 永久に村を守ること。
「♪大嶽(ウフタキ)や後(クサ)て 花に囲まりて 共に村起(ムラ)ち 幾世(イクユ)迄ん」=守り神のいる御獄(ウタキ)を後ろにひかえ 花に囲まれて ともに村を起こそう いつの世までも幸せに。
 ここでは戦争は過去のものではない。まだ隣り合わせにある。宜野湾市の心臓部に居座るこの普天間基地は、即刻閉鎖してほしい、というのが市民、県民の願いである。

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