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2012年9月19日 (水)

歌碑のある風景、美空ひばりの歌碑

沖縄にある美空ひばりの歌碑

昭和の歌姫、美空ひばりには、沖縄を舞台とした歌が1曲だけある。生涯に1500曲余り持ち歌があるなかで、唯一沖縄県と関わりのある曲だという。「花風の港」という曲だ。
 この歌の歌碑が建立されている。那覇市金城の那覇港を見下ろす高台の「がじゃんびら公園」にある。沖縄には「花風」(ハナフウ)という男女の別れを歌った民謡があり、琉舞も踊る。これにモチーフにした曲だという。

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「♪赤いサンゴの波散る島を何であんたはすててゆく 出船ほろほろ花風の港 紅の手さじを前歯で噛んで しのび泣くのも恋のため」というのが1番の歌詞だ。
 「ひばりの佐渡情話」など作詞した西沢爽さんの作詞である。
 歌碑の前にはオートサウンドシステムが設置され、足型に立つつ曲が流れるという仕組みだ。聞いてみたいけれど、いまは作動しなかった。
 この歌碑を建てたのは石原エミさんという沖縄の歌手の方だ。彼女の作詞、作曲、唄で「美空ひばり賛歌」も作られている。歌詞の2,4番を紹介したい。
「♪戦がすんだ沖縄で つらく淋しいあの日々を ひばりの歌で乗り越えた 生きる
 勇気をありがとう ※繰り返し」
「♪ここは沖縄 神の島 世界平和を祈る島 ひばりは今も天高く 世界平和を歌っ
 ている ※繰り返し」
 石原さんの思いが歌に込められている。

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 あえて書かなくても、写真を見
れば一目でわかるように、立派な歌詞の看板が建っている。なぜこの歌碑を建立したのか、という経過と思いを詳しく記した看板も建てられている。
 戦後の日本で「一筋の希望の光と生きる勇気と大きな夢を与え続けたのが日本の歌姫、美空ひばりさんの歌声でした」と記している。そして「平和の使者美空ひばりさんへの恩返しになれば」という思いで、1997年12月8日に歌碑を建立したという。

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 石原さんは、沖縄と日本全国、海外の「平和を願う多くの人々の心が一つになり、世界の平和が築かれることを心から願っております」と記しており、ひばりさんと平和への熱い心がつたわってくる。
 美空ひばりは、横浜に生れ、太平洋戦争の恐ろしさは決して忘れることができないと語っている。平和への思いを心の奥に抱いていた歌手である。彼女が平和への祈りをこめて歌った名曲に「一本の鉛筆」がある。
 この曲は、脚本家で映画監督の松山善三さんの作詞で、1974年に開かれた第1回広島平和音楽祭でひばりさんが歌った。
「♪一本の鉛筆があれば 私はあなたへの愛を書く
 一本の鉛筆があれば 戦争はいやと書く 
 一枚のザラ紙があれば 子どもがほしいと書く 
 一枚のザラ紙があれば あなたを返してと私は書く 
 一本の鉛筆があれば 8月6日の朝と書く 
 一本の鉛筆があれば人間の命と書く」
 「ユーチューブ」に、この曲を歌っているNHKの映像があり見た。ひばりさんは「2度とあのような戦争が起こらないように祈りたいと思います イバラの道が続こうと平和のため我歌う」とこの曲を歌う前に語っていたという(NHKのナレーションから)
 「がじゃんびら公園」の歌碑を見ながら、「一本の鉛筆」のことを思い起こした。

(終わり 2012年8月22日   文責・沢村昭洋)    

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