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2012年10月21日 (日)

見事なアーチ橋だった真玉橋

 那覇市と豊見城市の間を流れる国場川にかかる真玉橋(マダンバシ)は、由緒ある橋である。037  これは、2002年に架橋された現在のアーチ橋である。昔の橋は、1522年というから、第二尚氏の王統の尚真王の時代に、王都であった首里と南部の島尻地方を結ぶ主要道路に初めて木造の橋として築かれた。

 当初は、真玉橋といっても、五連橋で、中央が真玉橋、南側に世持橋、北側に世寄橋、さらにその両側に名前のない橋があった。

031  1707年から石橋への架け替え工事が行われ、翌年に完成した。1809年に、一部が大雨で壊れてしまい、1836年に大規模な工事を行った。

 当時の真玉橋は、大きく美しい曲線の5つのアーチが連なり、脚部には川の流れによる水圧を弱めるためにスーチリ(潮切り)とよばれるものが設けられていた。

036  構造的にも、景観的にも沖縄独特の石造文化を誇る橋だったが、残念ながら沖縄戦で破壊されてしまった。

032  1963年、コンクリート橋が架けられたが、1996年、橋の改修工事にともなう発掘調査をしていたところ、戦前の真玉橋が現れたという。

035  由緒あるこの橋の遺構を、那覇市側(一つ上の写真)と豊見城市側(上の写真)の双方に移築し保存した。それでいま、当時のアーチ橋を偲ぶことができる。遺構の前に説明板がそれぞれあるが、那覇市は簡略で、豊見城市の方が説明が詳しい。

 保存にあたって、真玉橋を後世のために保存し、活用を図れるように求める住民運動が展開された。その結果、豊見城市側では、道路下に一部埋め足し、保存を行い、比較的保存状態のよいアーチ部分を移築保存しているという。039  真玉橋の2度にわたる改修工事を伝える碑文があるが、それは次にしましょうね。

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