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2012年10月10日 (水)

弁財天堂と天女橋を見る

 円覚寺跡の西側は、円鑑池(エンカンチ)である。池には、弁財天堂があり、天女橋がかかっている。

004  説明文によると、15世紀末に朝鮮王から贈られたお経「方冊蔵経(ホウサツゾウキョウ)」(高麗版大蔵経)を納めるため1502年、池の中にお堂が設けられた。そこへ至る橋が天女橋で当初は観蓮橋(カンレンバシ)と呼ばれたとのこと。尚真王の時である。

012  1609年、薩摩の琉球侵攻でお堂は破壊され、お経も失われた。1621年に至って新たにお堂を建て、弁財天像をまつり、それ以後は弁財天堂、橋は天女橋と呼ばれるようになった。

045  橋は琉球石灰岩を用いたアーチ橋で、全長9.75メートル、幅2.42メートル、欄干は細粒砂岩でつくられている。沖縄戦でお堂は破壊され、天女橋も大破した。この由緒あるお堂は、薩摩の侵攻と沖縄戦によって、2度も災難にあったことになる。

 1968年、弁財天堂は復元され、天女橋も翌年、修復された。010  天女橋を1744年改修した記念に建立された石碑が倒壊したため、1798年新たに「重修天女橋碑記」が建立されたという。表文は、弁財天堂、天女橋の来歴、裏文は天女橋の改修、石碑建立の経費など書かれているそうだ。石碑も沖縄戦で破壊され、いまあるのは復元された碑である。011  この付近は、なぜかアヒルがたくさんいた。007  

009  このおじさん。アヒルにエサをあげているのかな、と思ってのぞくと、アヒルではなく、猫にエサをあげていた。でも猫のエサが欲しいのか、なぜかアヒルが集まっていた。

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