無料ブログはココログ

« 与那覇勢頭豊見親逗留旧跡碑を訪ねる | トップページ | アルテで「別れの煙」を歌う »

2012年11月 6日 (火)

ナークニー(宮古根)の不思議

 沖縄本島の民謡の名曲に「ナークニー」がある。漢字では「宮古根」と書く。宮古風の歌という意味で、こう呼ぶらしい。

 一口に「ナークニー」といっても、歌詞はたくさんあり、本島のあちこちに「ナークニー」がある。例えば「本部ナークニー」「今帰仁ナークニー」など。「ナークニー」とは呼んでないが、同じ曲調の歌もある。たとえば、「ヤッチャー小(グヮー)」がその一つ.。さらに「ヤッチャー小」をもとにしてアレンジした「門(ジョウ)タンカー」(具志川小唄とも言う)がある。
 これだけ、「ナークニー」が多いのは、この歌の魅力にある。旋律は叙情的で美しく、歌い手の力量によって、歌の魅力が変わる。名手が歌うと魅力はいっそう輝く。そういう点では、八重山の「トゥバラーマ」と歌の魅力が似ている。

032      「本部ナークニー」「カイサレ」の名手、山里ゆきさん(右)と金城実さん

 ただ、本島では歌われるけれど、八重山や宮古島では歌われない。なぜ「宮古根」と呼ばれるのかといえば、この歌をめぐる伝説があるからだ。

 琉球王国の時代に、宮古島から本島に留学に来ていた宮古の青年たちが、毎晩のように民謡を歌って故郷を偲んでいた。それを聴いた本島の人が「いい歌だなあ」と思って、聞き覚えて歌い出してそれが広まったという。

 別に、今帰仁出身の若者が首里に奉公した際に、宮古民謡の「アヤグ」を聞いて感動して今帰仁の情緒を歌ったのが最初という説もある(仲宗根幸市氏)。

 前者の話は、このブログで書いた「与那覇勢頭豊見親逗留旧跡碑」(下写真)の話と少し似ている。これは、与那覇勢頭豊見親が、宮古から本島の中山国に上ってきたが言葉が通じないので、従者が琉球語を学ぶため、足掛け3年、本島に滞在した。その時、毎夜、高台にあるのろし台に登り、故郷の宮古をのぞみ「あやぐ」(宮古の歌謡)を歌ったという。

013  「ナークニー」の由来になっている宮古の青年が故郷を偲んで歌っているのが広まったのは、この与那覇勢頭豊見親の従者のことだという話を聞いた。それなら話がつながることになる。
 この故事では、故郷を偲んで歌ったのは「あやぐ」だという。「あやぐ」は宮古の代表的な古い歌謡だから、納得がいく。でも、「ナークニー」は宮古の「あやぐ」とはかなれ違うと思う。

 宮古の民謡も好きで、いろいろ聴いているし、「なりやまあやぐ」「とうがにあやぐ」「伊良部トーガニ」その他代表的な歌はいくつか歌ってもいる。でも、宮古民謡は、本島の曲調とも八重山の曲調とも、大分異なる。独特の曲調である。私の知る限り、「ナークニー」に似たような宮古民謡は聴いたことがない。
 どちらかと言うと、宮古ではなく、叙情的な曲調は、八重山の「トゥパラーマ」なんかに近い気がする。だから、「ナークニー」が「八重山風」ならわかるが、「宮古風」には聞こえない。
それに、本島の琉球古典や民謡は、八重山の民謡を編曲した曲が多い。小浜光次郎著『八重山の古典民謡集』によると、琉球古典民謡と八重山古典民謡の類似曲は25曲におよぶ。でも宮古民謡と本島の古典、民謡との類似曲は、あまり聞かない。
 そんなこんなで、「ナークニー」が宮古民謡がもとになっているといわれるのが、不思議でならない。

 どうもそのように思っている人は私だけではないようだ。ネットの「ヒコさん心の一曲」でも、「ナークニー」の由来を紹介しながら、次のように述べている。
 「私の知る範囲で『宮古根』の元歌と思われる宮古の民謡を聞いたことはありません。また『元歌は宮古のこの歌だ』と記述した資料も見たことはありません。ですから宮古の民謡に『宮古根』という曲名や似たメロディーの曲は、私の知る範囲ではありません」。かなれ断定的に書いている。

 唄者の知名定男さんが、ナークニーと「伊良部トーガニ」「与那国ションカネー」「とぅばらーま」などを西洋楽譜に直し、棒グラフのようにして比較したところ、みな同じようなカーブを描いていると言っているそうである(ネット「たるーの島唄まじめな研究」)

 歌の中に前半と後半に二つの山があるのはそのとおりだが、少なくても宮古諸島の「伊良部トーガニ」は曲調が少し違うと感じる。でも、八重山の名歌と構成が似ていることは確かだろう。そんな不思議な「ナークニー」である。歌うほどにその難しさがわかる。

   

« 与那覇勢頭豊見親逗留旧跡碑を訪ねる | トップページ | アルテで「別れの煙」を歌う »

音楽」カテゴリの記事

コメント

島唄アッチャーさん、まだまだ宮古の民謡の良さを理解してないようですね。「トーガニーアヤグ」や「なりやまアヤグ」を良く聴いて下さい。心に響いてくるはずです。八重山民謡とは比較せずに宮古民謡を良く聴いて下さい。心に響いてきませんか?

島唄アッチャーさん

また、一説には八重山の「トゥパラーマ」も宮古のアヤグに影響を受けたとも聞き及んでいます。

コメントありがとうございました。
ご指摘のとおり、私の宮古民謡に対する理解が浅いことは確かです。これからもいっそう学んでいきたいと思っています。
八重山の「トゥバラーマ」が宮古の「あやぐ」の影響を受けたという話は初めて聞きました。八重山民謡の名曲、「あがろうーざ」や「でんさ節」「夏花」も、私の個人的意見では、宮古民謡の影響を受けた曲だと思います。
 これからもご教示よろしくお願いします。

 

ご返信ありがとうございます。宮古島の言葉がちょっと荒いので、宮古島の民謡も優しさが足りないように感じている方が沖縄本島には多いように思います。しかし、言葉は荒くても人情には深いものがあります。これからも宮古民謡にも耳を傾けてくれましたら幸いに存じます。まことにありがとうございました。

 こちらこそご指摘ありがとうございました。
 宮古民謡をよく聞くのはもちろん、その心を深く知って歌えるようになりたいと思います。

ありがとうございます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ナークニー(宮古根)の不思議:

« 与那覇勢頭豊見親逗留旧跡碑を訪ねる | トップページ | アルテで「別れの煙」を歌う »

最近のトラックバック

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31