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2012年12月20日 (木)

宮古島探訪、大神島

大神島

池間島からグラスボートに乗った。海中のサンゴを見るためだ。サンゴの美しいポイント、ポイントで船を止めて海中を見せてくれる。広大なサンゴのお花畑もあった。200種類ともいう、多様なサンゴに目を見張った。

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池間大橋の下をくぐり、大神島の近くまで行った。大神島は、狩俣の北東4キロに浮かぶ小さな島だ。大神島の名前はよく聞く。民謡にも歌われている。島にはいま、どれくらい住民がいるだろうか。船長さんに伺った。「島にはいま、18人住んでいるよ。おじい、おばあばっかりだけど。学校もないし。生活物資は、定期船で運んでいるよ」

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 島の周囲は4キロほど。人頭税の取り立ての厳しかった時代には、免税を許されたが、島の名産となる干鮹(ヒダコ)だけは供出を命じられたそうだ。

『沖縄県の歴史散歩』が記すところである。

大神島に入るには、公務の用事がある人以外は、島の中に知人をもつことが必要条件だとのこと。それは、かつて海賊キットの埋めた宝がこの島にあると島中を掘り返したり、古代信仰の様式を今に伝えている「祖神祭(ウヤガン)」のとき、強引な訪問者がいたことから、立ち入りを制限しているそうだ(同書)。

「漲水(パルミズ)のクイチャー」という人頭税廃止をテーマとして民謡にも、大神島が登場する。人頭税廃止の国会請願のため上京した農民代表が東京から帰り、人頭税廃止が実現すれば、どんなにうれしいことだろうか、という庶民の気持ちを歌っている。

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          大神島

 訳文でさわりを紹介する。

「♪漲水の港の底にある白い砂が、粟になり、米になって上ってくるように、島は豊かになるだろう、島全体の男たちは、今からはピラ(農具、ヘラ)やクワをとる仕事もあまりしないで、楽をするだろう」

「♪大神島近くあるフデ岩に打つ寄せる波が、糸になり、反物になって上ってくるように、島に住む女たちは、糸紡ぎをしないで、丈布織りもしないで楽をするだろう」

「宮古島探訪、人頭税」のところでも書いたように、琉球王朝の時代、宮古島は15歳から50歳までの、男女は所得に関係なく、人間の頭割で税金を課す人頭税のもとで、苦しめられた。男は、粟の上納が基本で、女性は反布を上納しなければいけなかった。

琉球王府が廃止された後も、この古い人頭税制は残された。

この民謡は、人頭税がなくなれば、漲水の港の白い砂が、粟になり米になって上ってくるように、豊かになり、男達は暮らしが楽になると歌う。

大神島近くの岩に打ち寄せる波が、糸になり、反物になって上がってくるように、島の女性たちは、糸紡ぎ、機織りからも逃れて楽になるだろうと歌っている。

「漲水のクイチャー」には、明治維新で世の中は変わったはずなのに、人頭税による重税はまったく変わらず、時代錯誤の旧慣温存政策によって苦しめられていた宮古島の庶民、農民たちのほとばしるような解放への願いが込められている。

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