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2012年12月 4日 (火)

ジョン万次郎の上陸記念碑を建立へ

 中浜万次郎(ジョン万次郎)が10年余過ごしたアメリカから帰国する際、上陸したのが琉球だった。上陸地の糸満市大渡海岸に記念碑を建立しようと11月21日、同市米須コミュニティセンターで、記念碑建立期成会設立総会が開かれた。

 大渡海岸には、万次郎の上陸地を示す木の杭があるだけだった。万次郎は当時、鎖国の日本に帰ると、禁を破ったので処罰される恐れがあり、よくよく研究して、当時は薩摩の支配下にあったとはいえ、独立した王国だった琉球を上陸地に選んだ。
 
 半年間、現豊見城市翁長で過ごした後、土佐に帰り、さらに江戸に行って幕府の通訳として活躍した。当時の欧米の事情をはじめ、民主主義の政治制度なども伝え、幕末の志士らにも大きな影響を与えた。そんな活躍も、琉球への上陸が起点となっている。その意味で、上陸地の記念碑を建立することは、大きな意義があるだろう。
 この碑建立の期成会設立については、米須に住む高知県出身の和田達雄さんの熱心な関係者への働いかけ、努力があったと聞いている。万次郎と同郷の高知人として、和田さんの熱意と行動に感謝したい。記念碑の建立はもろ手を挙げて歓迎する。
 幸い、糸満市の市長も「市としても相談してバックアップしたい」と語ってくれているという。心強いことである。
 もっと早く、ブログでもアップしたいと思ったが、この2週間ほど、パソコンのトラブルで、回復のために悪戦苦闘していて、遅くなった。やっと、なんとか回復したのでアップする。

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コメント

上陸記念碑建立は平成27年2月を除幕式として目標にして活動を行ってまります。
最後まで地元の協力もさることながら沖縄県しいては全国さらには米国から世界のジョン万ファンの応援も期待するところであります。数十年前より建立の計画の話は聞いていましたが、今度こそはの意気込みで完成させてファンの方々に日本の夜明けの大度海岸の上陸地に来て頂きたく頑張って行くぜよ!どうか今後ともご支援と協力を賜わりたく存じております。今回の記事ありがとう御座いました。
糸満・建立期成会事務局・和田達雄

和田辰雄様。コメントありがとうございました。
和田さんの熱意が期成会発足に実ったと思います。「日本の夜明け」に貢献したジョン万次郎の上陸記念碑は、全国と海外のジョン万ファンに歓迎されるでしょう。
 微力ながら、協力していきたいと思います。3年後の建立と除幕が楽しみですね。

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