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2012年12月14日 (金)

宮古島探訪、大川(ウプカー)

井泉を見る、その1。大川(ウプカー)

宮古島は、山がなくて平坦な島だから、水が貴重だ。湧水が頼りである。戦後、上水道が普及するまでは、「うりがー(洞井)」を中心に集落をつくり、暮らしをたてていたという。逆にいえば、集落のあるところには井泉がある。短い旅の間に、いくつかの井泉を訪ねた。なんか、宮古島では、お墓と井泉ばかり見て回った感じがある。

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市街地の北に、名高い大和カーがある。その前に「大川(ウプカー)」を見た。橋の上に案内表示があるが、降り方がわからないので、すぐそばの家にいたおばさんに尋ねた。「大川にはどこから降りればいいですか?」「ウプカーね。うーん。どこから行くのかねー。草が生えているよ」となんか要領を得ない。すぐそばなのに、もう住民の暮らしにとって、あまり必要ないようだ。「あの家の後ろに回ればなんか道があるんじゃないかなあ」とか言って、回ってみると、すぐ降りる道がわかった。

丸く円形の石積みがある。草はそうとう高く生えている。

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この井泉は、飲料用ではなく、牛馬専用だという。宮古旧記の一つ『擁正(ヨウセイ)旧記』には、「掘年数不明」「この井は牛馬の用水である」(稲村賢敷氏訳)と記されている。1717年には補修工事がなされているから、その前には存在していたという。牛馬は当時の人々の暮らしにとって、重要な労働力だった。井泉は数多くあるが、牛馬専用を目的とするものは極めて稀だという。

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確かに、沖縄本島で、たくさんの井泉を見たが、たいていの井泉は、飲料からイモや野菜洗い、洗濯と水浴び、さらに牛馬の飲用と洗い、農業用水と多面的に使うようになっていた。この「大川」が牛馬専用となっているのは、私見であるが、すぐそばに二つの井泉があるから、用途を分けたのかもしれない。 

戦後は、水道が普及し、牛馬の飼育も激減して、「大川」を利用することもなくなり、いつしか土砂に埋もれていた。2004年に、文化財総合整備事業の一環として発掘し、約50年ぶりに全体の様相がわかるようになったという。 

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