「島分け」の悲劇と「久場山越路節」、その3
沖縄芝居に使われた「久場山越路節」
八重山の「久場山越路節」は、沖縄本島の沖縄芝居に使われた。ところが、題名は同じでも元歌とは異なる歌になった。旋律も相当違うので、これはもう題名は同じでも、まったく別の歌の感じがする。
男女掛け合いの恋歌である。次のような歌詞である。
女 衣(ンス)ぬ袖(スディ)とぅやい 我(ワ)がゆ知りなぎな
如何(チャ) ならわん とぅ思てぃ 捨(シ)てぃてぃ いぬんな
ヨー里前(サトゥメ)
男 其(ウ)ぬ肝(チム)やあらん 若(ム)しか他所(ユス)
知りてぃ 世間(シキン)口しばに かからちゃすが
ヨー無蔵(ンゾ)よ
女 女(イナグ)見ぬなれぬ 義理(ヂリ)恥(ハジ)ん捨てぃてぃ
焦(クガ)りゆる肝や 里(サトゥ)や知らに ヨー里前
男 嵐声(グイ)ぬあてぃん 靡(ナビ)くなよ無蔵よ 胸内
(ンニウチ)ぬ 契(チヂ)り 他所に知らすなよう
男 二人(タイ)が真心(マグクル)ん あだになちなゆみ
女 変わるなよ互(タゲ)に 幾世(イクユ)までぃん
ヨー無蔵よ ヨー里前
歌詞の和訳を紹介する。
女 衣の袖を掴まえ 私と知りながら 何とでもなれと思って
捨てて行くのねえ貴方
男 その積りではない もしも他人に知れて 世間の噂に
なったら どうするの ねえお前
女 女の身の習慣の 義理も恥も捨てて 焦がれる心を
貴方は知らないの ねえ貴方
男 誘惑があっても 靡くなよ お前 心の中の契り
他人に知らすなよ
男 二人が真心も 無駄にしてはいけない
女 変わるなよお互いに 何代までも ねえお前 ねえ貴方
本島で歌われた「久場山越路節」は、さらに歌詞が変えられて「桃売アン小(ムムウイアングヮー)」となる。この曲は、私が通う民謡三線サークルの課題曲となっているので、よく歌う。やはり、男女掛け合いで歌う。歌詞は次の通り。
女 桃売やい我(ワ)んね サユン布買うてえくとぅ
此りし着物(チン)縫(ノウ)やーい かなしアヒ小(グヮー)に
我ね 着(ク)しゆん
女 此りし着物縫やーい 着りぬ余(アマ)ゆくとぅ 我身(ワミ)ぬ
着物ぬ袖(スディ)に 付けてぃ我ね着ゆん ヨー我んね
男 着物どぅ洗ゆるい 布どぅ晒(サラ)するい 水や我が汲むさ
疲(ウタ)てぃや居(ウ)らに イエー 無蔵(ンゾ)よ
女 此りし着物縫やーい アヒ小に着しゆくとぅ 今(ナマ)
からぬ後や 他所(ユス)とぅ毛遊(モウアシ)び すなようやー
男 誠真実ぬ 形見どぅんやりば 今からぬ後や 他所とぅ毛遊び
我ねすんなあ
女 云(イ)ちゃんどうやー イェー アヒ小
男 変わるなよ 互(タゲ)に
男女 親に云ち二人(タイ)や 夫婦(ミイトゥ)にならな
我っ達(ワッター)二人
歌詞の和訳を紹介する。
女 山桃を売って織った布を買ってあるから それで着物を縫って
愛しい彼に着させる
女 着物を縫った後、切れ端が残るから 私の着物の袖に付け足して 私が着るわ
男 着物を洗っているのか、布を晒しているのか、水汲みは私がするから、疲れていないかい、ねえお前
女 着物を縫って貴方に着させるから、今から後は他所の人と夜遊びはしないでね
男 心からの形見であるなら、今から後は、他所の人と夜遊びはしないよ
女 言ったわよねあなた
男 心変わりはするなよ、お互いに
男女 親に話して二人は夫婦になろうね 私たち二人は
私は、本当で歌われる「久場山越路節」は歌ったことがない。でも「桃売アン小」の方は、よく歌ってみる。少し古い時代の男女のあり様がわかって面白い。とくに、彼女は、山桃を売ったお金で布を買い、彼のために着物を縫ってあげる。その余った布で、自分の袖につけて着るという表現には、女性の愛らしさがとてもよく出ている。彼氏も、女性にとってつらい仕事だった水汲みを私がやろう、疲れていないかい、と彼女へのいたわりをみせる。
面白いのは、着物を着せたあとは、もう毛遊びをしないでね、と迫るところ。毛遊びは、若い男女が夜のふけるのも忘れて歌って踊って遊び。そこは、恋愛の相手を見つける出逢いの場でもあった。夫婦になる誓いをする二人だから、もう毛遊びに行かないでというのも当然なのだろう。
というわけで、「久場山越路節」はもともと峠道を開いたことをテーマとした曲だったのに、時代とともに変貌し、替え歌が作られ、その替え歌の替え歌が作られたという、思わぬ変転をとげた民謡である。
なお題名では、文献によって「久場山越路節」、「久場山越地節」の表記が使われているが、ここでは「久場山越路節」に統一した。
文中の歌詞、和訳は、大浜安伴編著『八重山古典民謡工工四』、當山善堂著『精選八重山古典民謡集』、滝原康盛著『琉球民謡解説集』などを参考にした。
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