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2013年1月 3日 (木)

初詣はやっぱり首里の寺

 初詣に首里のお寺に行くのが恒例になった。今年も、と思って正月2日、昼ごろから首里に行こうとすると、首里城に向かう道路が大渋滞。どうも初詣の車ばかりで長い列をなしている。この日はあきらめて、3日の朝に出かけた。やはり朝だとすいている。今年は、首里城の裏にある万松院にやってきた。

Img_1061 駐車場もまだすきすきだ。ところで、首里のお寺は、生まれ年の干支によって、守り本尊となる守護仏が決まっている。十二支は、首里の4つのお寺に祀られていている。慈眼院(首里観音堂)が子、丑、寅、辰、巳 午。西来院(達磨寺)が卯、戌、亥。安国寺が酉。盛光寺が未、申となっている。寺はいずれも、臨済宗妙心寺派である。巳年は観音堂である。今年は、それとは関係なく、まだ初詣には来たことがなかったので万松院に来た。Img_1069
 万松院は、薩摩による琉球侵攻のあと1613年、尚寧王代の名僧が隠退して岩頂山万松院を賜り、隠居寺としたというから、歴史は古い。お寺には、沿革が掲げられている。
 

 ただ、万松院は1990年に、12か所巡り(12支の寺回り)の機能を返上したため、普賢菩薩(辰、巳)は慈眼院(首里観音堂)、文殊菩薩(卯)は西来院(達磨寺)に移されたそうである。でも、訪れてみると、おみくじや干支のお守りなどは普通に売られていた。

 Img_1065
  人並みに、家族の健康や安全を祈願した。この寺は、入り口にいろんな展示があるのが特徴だ。なぜか、沖縄戦で首里が廃墟となる前の空中写真もあった。前にこのブログでも書いたが、琉球の歴史や沖縄特有の清明祭(シーミー)のあり方なども展示されている。聞くとところによると、尚敬王の認証のため中国から来た冊封使(サッポウシ)の徐葆光(ジョホコウ)の筆による「授天山」の扁額も残されているそうだ。徐の漢詩が掲げられている。Img_1067_4

 ついでに、首里の12か所巡りには、多くの人が行っているようだが、それが増えたのは戦後のことだと聞く。戦後、民間宗教に仏教の守り本尊が取り入れられ、各寺院を巡拝する習俗が定着したとのこと。参拝者がユタ(沖縄の巫女)を伴って参拝する場合もあるそうだ。(ネット「生まれ年守り本尊解説」を参考にした)。

 せっかく首里に初詣に来たので、やっぱり恒例の首里観音堂にも立ち寄った。万松院は、干支による守り本尊を移したので、参拝者がわりあい少なかったが、観音堂は12支のうち、半分の守り本尊がある。今年の巳の普賢菩薩もあるから、参拝者がとても多い。

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 お守り、絵馬などもたくさんある。首里でも人気のある寺だ。
 尚久王が佐敷王子(後の尚豊王)が薩摩に人質として連れて行かれた際、無事に帰国したら観音堂を建立することを誓願した。願いがかなったので1618年、観音堂を首里の万歳嶺という丘に建て、その南に慈眼院を創建したという。由緒ある寺院である。その後、国王が毎年、国の安全を祈願するようになったという。

 民謡の「上り口説(ヌブイクドゥチ)」でも「旅ぬ出で立ち観音堂」と歌われている。

 前に買った車の交通安全のお守りが色あせたので、買い求めた。離れて暮らすツレの両親へのお守り、絵馬、おみくじも買って送った。

 

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